秘書の想いは隠しきれない

婚約者

 しばらくして私は、神木社長をベッドに寝かせ、帰宅した。

「明日も仕事なのに。こんな時間までごめん」

 ベッドの中で社長が私に向かって謝っている。

「いえ。私こそ。突然押しかけてしまってすみませんでした。ゆっくり休んでください。何か私にできることがあったら、言ってくださいね」

 言葉をかけると、神木社長は<うん>と頷いてくれた。

 帰宅して着替え、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。

「あああああ――!どうしてあんなことしちゃったんだろう。秘書失格だ」

 ドンドンとベッドを叩く。
 神木社長を思わず抱きしめてしまった。
 社長には恵梨香さんがいるのに。最低だ、私。社長はどう思ったんだろう?

 相手の気持ち、ましてや神木社長が何を考えているかなんてわからないよ。

 夕ご飯は社長のお粥を少しいただいたから、大丈夫だ。
 お風呂に入って、早く寝よう。明日は社長が不在になる。私がしっかりしなきゃ。

 深呼吸をして、ベッドから立ち上がった。

 次の日――。
 社長が不在のため、急な連絡やインシデントなどの対応に備えていたが、何事もなく無事に一日を終えた。

「よかった。何もなくて」

 社長室で一人、呟く。

 社長に連絡をしてみたけれど
<明日は大丈夫そうだよ!ありがとう。感染症だとヤバいと思って、医者にも行ってきたけど、風邪だった。心配かけてごめんね。本当にありがとう>
 大丈夫そうなメッセージが届いた。
 きっと、私があんなに社長と一緒にいることになってしまったから、検査してくれたんだろうな。
 抱きしめてしまったし、長い時間密着した状態で一緒にいたから、もしも感染症だったらって気を遣わせてしまったのかも。社長が重い病気とかじゃなくて良かった。

 その時、社長室の内線が鳴った。
 なんだろう、もう終業時間なのに。

「お疲れ様です。秘書の百瀬です」

 電話に出ると
<お疲れ様です。今、千石様が受付にいらっしゃっていて。神木社長は今日、お休みであることをお伝えしたんですが、どうしても社長室に行きたいとおっしゃっていまして」
 千石様って、神木社長の婚約者である千石恵梨香さんのことだ。

 どうして社長室なんかに?神木社長はいないのに。
 彼女の意図がわからないから、私で対応できるか不安だ。神木社長に電話をして判断を仰ごうかな。
 彼女の機嫌を損ねてしまって、降格させられても困る。

「今、神木社長に連絡をするので、受付でお待ちいただくよう伝えてくれませんか?」

<はい。いや、しかし……。>

 電話のうしろで恵梨香さんが何か言っている声がする。

<父には許可をとっているので、大丈夫だとおっしゃっているのですが>

 ここで彼女のことを信じなかったら、あとで千石グループの会長に愚痴られるだろう。

「わかりました。通してください。私が対応します」

 せっかく無事に帰れると思ったのに。
 恵梨香さんと直接話したことはほとんどない。挨拶だけだ。

 身構えていると、ガチャっとドアが開いた。

 え、ノックもしないの?
 マナーに関して疑問を感じた瞬間
「ここが社長室だよ。神木商事の。まぁ、普通よね。うちの社長室の方が映えると思うけど」
 恵梨香さんが説明しながら部屋に入ってきたが、一人、恵梨香さんと一緒に入室した男性がいる。

 この人は誰だろう。

「千石様。秘書の百瀬と申します。本日、神木社長は体調不良のため不在にしておりまして……」

 私が声をかけると
「わかっているわよ。だから来たんじゃない?私の友達が社長室から配信したいんだって。神木商事の社長室からの配信って、結構バズりそうじゃない?」
 何を言っているんだろう。

 広報のために社長室から撮影をするのはわかるけど、二人の服装を見るとかなり軽装だ。
 
 恵梨香さんは胸元の開いたニットに膝上のスカート、もう一人の男性はブランド物のパーカーを着ているけれど、配信って、もしかして遊び半分のもの!?

 セキュリティの関係で映せない部分もあるのに。
 
 お父さんに許可はとったって、ウソじゃないの?
 さすがに千石グループの会長だってこんなこと許すわけない。許したとしたなら、会長としての品格を疑うくらいだ。

「千石様。ご一緒の男性は?」

 まずはこの人との関係性を聞こう。

「友達だって言ったじゃない?有名配信者の本並圭吾(ほんなみけいご)さん。かっこ良いでしょ?」

 本並圭吾って聞いたことがある。
 本並さんが考える企画は、かなり刺激的で若い人に人気だって聞いたけれど。
 さすがは社長令嬢さん、有名人と知り合いなんだ。
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