無自覚悪役令嬢と婚約式
 この日のガードナー家は、浮かれた気分に包まれていた。邸宅内のどこもかしこも綺麗に磨き上げられ、メイドたちは一様に忙しく動き回っている。その誰もが頬を上気させて、嬉しそうにしている。それもそのはずで、今日はとてもめでたい日なのである。

『ガードナー家のご令嬢が、婚約することになった』

 今日はその婚約式がガードナー家で執り行われる予定だ。急遽決まった婚約だったため、婚約式も急な日取りだ。婚約式に招く人たちへの連絡も充分でなかったが、ガードナー家はほうぼうに尽くして連絡を行った。

 その速報は、『エミリアの幸せな結婚』に登場する脇役メイナード・ヘイズにも届いた。原作での彼は年少時代からエミリアを支え続け、彼女に片思いしていたものの、結局は優しい幼馴染のポジションから脱却できずに失恋して、クライマックスで彼女の幸せを祈って去る男役である。

 慌てて馬車でガードナー家に乗りつけたメイナードは、玄関ホールで彼を出迎えたハンナに目をみはった。いつもおろしている金の髪をきっちりと結い上げ、ドレスもいつもよりも上品なものに身を包んだ彼女は、いつもより増してとても美しい。化粧も髪飾りも地味にしているが、それはかえって彼女の麗しさを引き立てているようだった。

「どうしたの、メイナード、そんなに慌てて」

 ハンナが疑問に思ったのもおかしな話ではない。婚約式の祝福のために駆け付けたにしては、メイナードの服装は礼服ではなく、着の身着のままかけつけた体だった。

「……ハンナ、婚約をするって、聞いたが……」
「! ええ、そうなの!」

 メイナードが問いかけると、ハンナはぱあっと顔を輝かせて手を打った。

「お祝いしにきてくれたのね? 嬉しいわ! ずっと好きだったんだもの、この時を迎えられて私とても嬉しいの! 今日は庭で式をするの、場所は知ってると思うけど案内するわ」

 にこにこと笑いながら、ハンナは婚約式の会場に案内しようと背を向けた。しかし、その腕をメイナードが取って、引き留める。

「……俺は」

「どうしたの?」

「俺は、祝福なんてできない」

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