無自覚悪役令嬢と婚約式
 原作では、エミリアの美しさもさることながら、彼女が虐められているからこそ、庇護欲をかきたてられた男たちがこぞってエミリアを守る盾となった。原作のメイナードもまた、エミリアを虐めるハンナから守る過程で、彼女を愛するようになっていった。しかし、この世界でハンナはエミリアを虐めるどころか溺愛している。ハンナはエミリアの一挙手一投足全てを可愛がり、全ての害意から全力で彼女を守った。

 必然的にメイナードがエミリアを庇うようなことはなく、庇護対象ではないエミリアを好きになることはなかったのである。

 むしろ、メイナードはいつも明るく、腹違いの妹にまで愛を注ぐハンナにこそ惹かれていた。

 彼は、ハンナたち姉妹が婚約者探しを始めたと聞くよりも随分と前から、判りやすいほどに好意を示していたはずだ。しかしながら、メイナードが原作でも『良い幼馴染』のポジションを脱却できず、エミリアの婚約を知って身を引いたのには理由がある。はっきりと気持ちを言葉にできないという決定的弱点があったのだ。

 つまり彼は、これまで一度も、ハンナに対して「好き」だと言葉にして伝えたことがなかったのである。

 ハンナはエミリアの幸せしか眼中になかった上、メイナードは原作でエミリアを好きだったのだから、自分に想いを寄せているのなどとは想いもよらない。

 そんなわけで、メイナードの想いに気づかぬまま、ハンナは今日までやってきたのである。これはメイナードがきちんと告白をしなかったのも悪い。

「メイナード、大丈夫……?」

 黙り込んでしまったメイナードの顔を、ハンナが心配そうに覗き込む。近すぎると思えるほどのその距離に、反射的にメイナードは彼女の身体を抱きしめていた。

「メ、メイナード?」

 戸惑いの声をあげた彼女の声で、メイナードは我にかえったがそのまま抱きしめる力を強くした。

『言葉にしないと伝わらない』

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