無自覚悪役令嬢と婚約式
 エミリアの言葉はもっともだった。そもそもハンナの周りには彼女に好意を寄せている男は何人もいる。それにも関わらず良い仲に発展しないのは、ハンナがエミリアの幸せしか眼中にないから、自分に向けられた好意に対して鈍感なのだ。

 ずっと喉につっかえさせていた言葉を、今こそ言うべきなのだ。ぐるぐると迷ったあげくに、メイナードはやっと口を開く。

「……ハンナ。俺と結婚してくれ」

 焦りすぎて、言葉が何段階も飛んでしまったのに、メイナードは自分でぎょっとする。しかし終着点は同じなのだから、訂正する気にもなれなかった。そんなメイナードの言葉に、彼の腕の中でハンナは息を飲んだ。途端にメイナードの胸を押して身体を離し、真剣な顔をする。

「メイナード。だめよ」

「どうしてだ」

「好きな人が別の人と結婚するからって、その姉にすぐに乗り換えるなんて、さすがに最低よ」

「……俺の話を、聞いていたか?」

 ごく真剣なハンナの顔に対して、メイナードは脱力して溜め息を吐く。とことん噛み合わない。しかし、ここまでくればさすがのメイナードも言葉を惜しんでいる場合ではない。

「俺が好きなのはエミリアじゃない」

「どういうこと?」

「俺は、お前が好きなんだ、ハンナ」

「え?」

 小さな声を上げたハンナは、そのまま固まる。

「お前のことがずっと、好きだった。だから、俺を選んでくれ」

 真摯な声音で告げられて、ハンナの顔にすぅーっと朱がのぼる。その瞬間に、彼の胸を押したままだった手に気づいて、ハンナは真っ赤な顔のまま、ぱっと両手をあげた。

「ハンナ?」

 彼女の顔に触れようとしたメイナードの手を、ハンナはさっと避けて一歩後退りした。ゆでだこのようになった自身が恥ずかしくて、彼女は両頬をおさえて震える。

「あ、ああ、あの、私、ええと……私、まだ、手伝いがあるから……!」

「ハンナ!?」

 目を泳がせたハンナは、また一歩後退りしたかと思えば、そのままくるりと身体を反転させて、淑女らしからぬスピードで階段を駆け上がり始めた。メイナードがとっさに腕を伸ばしたが、捕まえる隙もない。

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