乙女ゲームのメインヒーロー、なぜかヒロインから溺愛周回攻略されてます
 まだ止まらない涙を強引に拭って、彼女は口角だけをあげて笑みを作る。いつも快活なカナエが時々見せる、この不器用な笑顔。それは私にそれ以上踏み込んでくれるなと言っているようでもある。

「ミカ」

「え?」

「前に『ミカ』って呼んでくれただろう?」

 それは、一番最初の覚醒イベントの時のことだ。あれ以来、彼女が私をそう呼んだことはない。前の周回の話を持ち出すのは、もちろんゲームの中ではルール違反だ。けれど、呼び名を少し変えるくらい、いいだろう。

「それは……」

 あれは無意識に言ったんだろう。カナエが焦ったように目線をさまよわせる。

 『ミカ』という呼び名は、ミヒャエルをホルスト風に読んだ時の愛称だ。ホルストはカイルの祖国だから、読み方を聞いていたのかもしれない。

「嫌かい?」

 上半身を起こして、カナエの手をとり口づける。

「えっあのそれは…」

「ミカって呼んでくれたら嬉しいよ」

 カナエ以外のヒロインは、私のことを「ミヒャエル」と呼んでいた。それはゲームで定められていたからという他ないのかもしれないが。カイルのことは「カイル」と呼び捨てしているのに、私だけ「アーネスト様」なのは何故なんだ。

 返事がないので、笑顔を作ってカナエの顔を見ると、やや怯えたような顔をした。メインヒーローの優男に微笑みかけられて、ヒロインがしていい顔ではない。

「カナエ?」

「ヒッ」

 微笑みかけているのに、ますますカナエが怯える。

「……じゃあ…ミ、ミカ……」

「なんだい?」

「ヒエエ……もう無理です! お元気で何よりです!」

 叫びを上げて、カナエは私から離れ、背を向けてしまう。その耳がしっかりと赤く染まっているのを見て、私は満足した。
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