乙女ゲームのメインヒーロー、なぜかヒロインから溺愛周回攻略されてます
「そこにいるのは聖女様とお見受けするが、知らぬなら良いことを教えてさしあげよう。そいつの母親は見た目の奇異さだけで陛下の関心を集め召しあげられた、卑しい身分の遊び女でな。そいつが生まれると同時に命を落としておる。本来ならこの王城に足を踏み入れることも叶わぬ身分だが、陛下の恩情で王子の身分を与えてやっているにすぎん。今は聖女様と旅して勇者一行などと調子に乗っているようだが、本来下男として行動するのに相応しい男だ。その証拠に常に肌が薄汚れているだろう?」
カイルはただ、この罵り文句を黙って聞いていた。アーネスト国に逗留する前、この王城で暮らしていた頃には毎日のように言われた言葉だからだ。それに反論すれば後できつい体罰が待っている。今はカナエが一緒だから、カイルはどうしてもそれを避けたかった。
けれど、当のカナエが黙っていなかった。
「お言葉ですが!」
カナエはカイルの手をぎゅっと握り返す。
「カイルの肌は綺麗です!」
「おや、聖女様は見る目がないようだ」
カイルの兄は笑ったが、次の言葉は聞き捨てならなかった。
「それに魔王を倒すのに身分なんて関係ないと思います。カイルは強くて優しくて、みんなのムードメーカーです。ふんぞり返って人を馬鹿にしてるだけの人なんかより、カイルはずっと偉いですよ!」
「聖女よ、言葉が過ぎるようだが?」
形だけの敬称を取り払い、カイルの兄は剣吞な空気を放つ。身分制度を否定するような言葉、そして王子という身分を貶める発言は見過ごせない。
「事実しか言ってません」
「……どうやら聖女ではなく、頭のゆるい遊び女だったようだな」
不愉快だ、と吐きだしてカイルの兄は騎士たちを伴って去っていった。
「……こわ……」
ぺたん、と崩れ落ちてカナエが呟く。
「何あれ、カイルのお兄さん怖すぎじゃない?」
カイルの手を握ったまま、カナエは顔をひくつかせた。堂々と話していたのは、ただの虚勢だったらしい。
「怖いって、お前、あんな口の聞き方してこのあと……」