乙女ゲームのメインヒーロー、なぜかヒロインから溺愛周回攻略されてます
 アレンが軽く引っ張るが、カナエはローブを手放さない。

「洗うにしても、自分で洗うよ。お気遣いどうも……おい、何で離さないんだ」

「いやだって絶対洗わないでしょ!」

 カナエの主張はもっともだった。アレンはこの魔王討伐の旅が始まってからというもの、ローブを一度も洗っていない。不便な旅の道中だ、ろくろく洗濯できない日が続くのも仕方ないことだろう。しかし、宿につけば普通は洗う。

 アレンは今日のように見るからに汚く汚れてしまっても、ローブを片時も手放そうとしなかったのだ。もはや地味な男は、ローブのせいで小汚い男に変わりつつある。

「僕の勝手だろう、放っておいてくれないか!」

 アレンがローブを引っ張るが、カナエも負けてない。

「お願いだから洗わせて!」

 カナエがそう言って、力強くローブを引っ張ったその瞬間、ずるりとアレンのローブが外れてしまった。反動でアレンはしりもちをつく。

「おい、何てことを……」

「え、と……あなた誰?」

 忌々し気に呟きながら立ち上がったのは、アレンとは別人だった。

 腰まで伸びた髪は艶やかな銀糸、瞳はアイスブルー、冷たい雪を思わせるその顔は実に整っている。そばかす一つない美しい肌は、透き通るようだ。先ほどまで居た、『目立たないアレン』はどこにもいない。

「ローブを返せ!」

 カナエの腕からローブをひったくると、アレンはそれを素早くまとった。それだけで再び、彼の姿はアイスブルーの美男から、冴えない赤髪の男に戻る。

「アレンなの? どういうこと?」

「見ただろ、このローブで顔を隠してんの。察しろ、能天気聖女」

 そう言ってアレンが宿の部屋に逃げ込もうとするのを、カナエは強引についてきた。

「何で人の部屋に入ってくるわけ」

「ローブ。洗わせてよ。それを人前で外すのが嫌なら、この部屋で洗って、この部屋で干して、明日の朝出る前にまた羽織ればいいでしょ?」

 ローブの端を掴んでカナエが言うと、アレンはため息を吐いた。

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