完璧な嘘、本当の愛

真実の問い詰め

遠島のマンション。夜。
春菜は、ソファに座ったまま動かない。遠島は、その様子に気づいた。
「何かあった?」と遠島が聞く。いつもの穏やかな声。
春菜は、遠島を見つめた。その完璧な顔。知的な眼差し。落ち着いた佇まい。全てが、ある種の仮面であるように感じられた。
「S.M.F児童養護施設について、教えてください」と春菜が言った。
遠島の顔が、一瞬、凍りついた。その瞬間が、春菜には永遠に感じられた。
「それは……」と遠島が言葉を濁す。
「あなたのマンションのテーブルで、銀行明細を見つけました」と春菜は続ける。「毎月25万円。同じ金額が、定期的に支出されている」。
その言葉に、遠島は目をそらした。その目をそらし方が、全てを物語っていた。隠されていることがある。秘密がある。
「それについて、何も言うつもりはないのですか?」と春菜が問う。
遠島は沈黙する。その沈黙が、部屋を支配する。
「あなたは、何を隠しているんですか?」と春菜の声は、震えていた。「隠し子? それとも、別の秘密?」
「春菜……」と遠島が言う。その声は、初めて、完璧さを失っていた。
遠島は、窓に向かって歩く。東京の夜景を見下ろす。その後ろ姿が、弱々しく見えた。
「俺は、親に捨てられた」と遠島は静かに言った。
春菜の心が止まった。
「幼い頃から、記録がない。親は誰なのか。なぜ俺がここにいるのか。そういったことは全て不明だ」。
遠島は、そう言うと、それ以上の言葉を続けなかった。窓の景色をじっと見つめている。
春菜は、その沈黙を尊重した。遠島が話す準備ができるまで、待つ。
「S.M.F児童養護施設は……」と遠島が再び口を開く。「俺が関わったことのある人たちのための団体だ。その人たちへの……恩返しのつもりだ」。
その言葉は、完全ではなかった。完全な説明ではなく、部分的な真実。だが、これが、遠島が今、言える限界のようだった。
「もっと知りたいか?」と遠島が春菜に問う。
春菜は頷く。
「わかった。全部、話す。だが、その時に……」と遠島の声が震える。「君の心が変わるかもしれない。そのことを、覚悟しておいてくれ」。
その言葉の重さが、春菜を圧倒した。
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