完璧な嘘、本当の愛

悠一の秘密の告白

遠島は、長い沈黙の後、春菜を見つめた。その眼差しには、何か決意が込められていた。
「もう、隠すのはやめよう」と遠島は言った。
彼はソファに座った。春菜の隣に。春菜は、彼の言葉を待つ。
「俺の生い立ちは、複雑だ」と遠島が口を開く。「両親に関しては、記録がない。どのように生まれたのか、なぜ親がいないのか、そういった情報は全て不明だ」。
春菜は静かに聞く。その聞き方が、遠島に安心感を与えているようだった。
「ある時期、俺はシングルマザーと一緒に暮らしていた。その女性は、貧困の中で、それでも俺を育ててくれようとした。だが、経済的な理由から、別々の道を歩まざるを得なくなった」。
遠島の声は淡々としているが、その奥に深い痛みが隠されていた。
「その女性のことは、今でも時々、思い出す。彼女がどうしているのか。今、どこで何をしているのか。その女性を支援する団体があることを知った時、俺は決めた。毎月、その団体に寄付をしようと。それが、俺ができる唯一の恩返しだと思ったから」。
春菜は、その言葉に何も返さない。ただ、遠島の言葉を受け止める。
「そして、もう一つ。俺は、独学でデザインを学んだ」と遠島は続ける。「一流大学を卒業していない。正式な学位も持っていない。だが、デザイナーという職業に就くために、多くの人に助言をもらい、自分で技術を磨いた」。
春菜は、その言葉に頭を整理した。学歴詐称ではなく、独学でスキルを身につけたということか。
「業界に入る時、学歴について問われた。その時、俺は……」と遠島は目を伏せた。「正直ではない対応をしてしまった」。
「どういう……」と春菜が聞く。
「学位や経歴について、曖昧な返答をした。虚偽ではないが、真実でもない。グレーゾーンの返答だ」と遠島は言う。「それから年月が経ち、今では、俺の仕事の実績が評価を支えている。でも、その曖昧さは、常に俺の心に引っかかっていた」。
春菜は、その葛藤を理解した。遠島も、また何かを隠しながら生きていた。
「だから、君には言えなかった」と遠島は春菜を見つめた。「完璧に見えるために、自分の不完全さを隠してきた。君に対しても、完璧な恋人であろうとした。だが、それは、俺の本当の姿ではない」。
遠島の声が、微かに震えていた。
「俺は、貧困の中で育った。親に捨てられた。学歴もない。でも、それが俺だ。その現実を受け入れてくれる人は、いないと思っていた」。
春菜の目に涙が溜まった。
遠島が続ける。「だから、君にこんなことを告げるのは、君の人生を汚すことだと思っていた。だが、君の問い詰めで気づいた。君も、何かを隠しながら生きている。君も、完璧であることを強いられている。俺たちは……同じなのかもしれない」。
春菜は、その言葉に心を動かされた。
「俺のことを知った上で、どうするかは、君が決めてくれ。一緒にいてくれるのなら、俺は感謝する。でも、別れたいなら、それも受け入れる」と遠島は言った。
その言葉の中に、遠島の本当の姿が見えた。完璧さを失った、素の遠島。
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