メリーでハッピーなトゥルーエンドを

 いままでの様子がまるで嘘みたい。

 あふれんばかりだった想いは一滴も見えないし、とろけるほど甘かった眼差しの片鱗(へんりん)も窺えない。

 それに────“また”って?
 今日をやり直す、なんて、砂時計でもひっくり返さない限りは不可能なのに。

「失敗した。悠長(ゆうちょう)に構えてたのが間違いだった。放課後の方が簡単なはずだったのに、()()()()せいで狂った……」

「な、に……言ってるんですか?」

「きみのせいだって言ってるんだよ、何もかも」

 先輩は背中側に回していた腕を下ろした。
 その手には包丁が握られている。

「花菜」

 息を詰めた郁実の硬い声が耳に届いても、本能が危険信号を鳴らしても、身体が動かない。

 鋭い刃の先を躊躇なくわたしに向け、柊先輩は一歩ずつ距離を詰めてくる。

「許してくれとは言わない。だから謝らないよ。可哀想だけど、ここで死んでくれる?」

「……っ」

 わたしは呼吸を震わせながら何度も首を横に振った。
 危機感が足元から這い上がってくる。

 意味が分からない。
 受け入れられるわけもなく、目の前の現実を拒絶したくて。

「……もう必要ない。分かってるよね」

「分かってる。でも気がおさまらない。玲だけが苦しむ(いわ)れなんてないんだから」

 真白先輩にそう返した彼の声色は、ひどく冷淡なのに(たぎ)るほど熱が込もっていた。

 包丁と同時に突きつけられてようやく理解する。
 彼がわたしに向けているのは、殺意だ。

(どういうことなの……?)

 置いてけぼりにされながらも、確かな恐怖が胸を圧迫してきた。
 心臓がばくばく激しく打ち、手足の先が冷えていく。

 包丁を握り直した柊先輩は、感情をすべて押し殺したかのような温度のない笑みを浮かべた。

「また“明日”ね、花菜ちゃん。きみが覚えてたらの話だけど」

 そう告げるなり一直線に踏み出してきて、刃がみるみる迫ってくる。

 だめだ、と直感して涙が滲んだ
 金縛りが解けなくて逃げられも避けられもしない。

 ぎゅっと目を閉じて最悪の結末を覚悟したものの、なぜか一向に痛みは訪れなかった。

 全身を震わせながら恐る恐る目を開けると、見慣れた背中が飛び込んでくる。

「郁、実……」

 掠れた声で呼んだ瞬間、彼が崩れ落ちた。

 慌てて(かたわ)らに屈み込むと、腹部に刃が深く沈んでいるのが目に入る。
 血があふれ出して止まらず、カーディガンを真っ赤に染め上げていた。

「う……っ」

「郁実!」
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