メリーでハッピーなトゥルーエンドを
花菜が登校してくる前に先に階段を上り、教室へ向かった。
柊先輩や天使の姿がないか、たとえば彼女の席に何か妙な細工がされていないか、先回りして確かめておく。
いまのところは何らおかしな動きはなかった。
そろそろ彼女か来る。
そう思って教室を出たとき、ちょうど階段を上りきったところで顔を合わせた。
「花菜」
そう呼びかけると、ふと表情が和らぐ。
「あ、郁実。おはよう」
「うん、おはよ」
たったそれだけのやり取りが何だか身に染みた。
当たり前じゃないことと“最後”であることを実感して、やけに感傷的になってしまう。
「あのさ、今日一緒に帰ろう」
何度目かのそのセリフ。
だけど今回ばかりは重たげな響きになる。
最後だからというだけじゃなくて、もうひとつ心に決めたことがあるからだ。
「全然いいけど、どうしたの? そんなふうに直接誘ってくれるなんて初めてじゃない?」
「ううん、別に……。ただ、ちょっと伝えたいことがあって」
「わたしに?」
「そう、花菜に」
僕たちは幼なじみ────だった。
困らせたくなくてひた隠しにしていたこの気持ちは、いざ目の前で何度も何度も彼女を失ううちに、行き場すらなくしていたように思う。
それくらいに僕は花菜のことが好きだ。
ほかの何よりも大事で、どうしようもないくらい好きなんだ。
だけど、もうすべてが終わる。
ずっと守り続けてきたこの関係も、残酷なタイムリープと一緒に終わらせる。
最後だからこそ、これだけは伝えておきたい。
残しておきたい。
「分かった! じゃあ、また放課後にね」
しばらく黙り込んでいた花菜は、やがてそう言って切り上げた。
どこか戸惑っているようにも見えて、それがネガティブな動揺じゃないのなら、嬉しいとさえ思ってしまう。
この期に及んで僕は欲張りだから。
「うん、待ってて」
……分かっている、報われないことは。
僕たちの世界は“今日”壊れるんだから。
これは諦めの悪い僕の、最後のわがままだ。
つつがなく放課後を迎え、花菜の待つ昇降口へ急ぐ。
“今日”に限って日直だなんて運が悪い、と繰り返すたびため息をついたけれど、今回も例外ではなかった。
この間に彼女が柊先輩や天使から狙われてないといいけれど。
「ごめん、花菜。遅くなって」
「あ、ううん!」
幸いにも花菜は無事だった。
巻き戻れば当事者以外の記憶が消えるとはいえ、向こうも人目があるところで目立つことはできないだろう。
(天使が手を加えれば話は変わってくるけど……)
人為的じゃない事故だとかを起こされれば防ぎようがないし、人目も関係ない。
確かに悪魔の言う通り、たちの悪い厄介な存在だった。