メリーでハッピーなトゥルーエンドを

 感嘆したような悪魔の声は幻聴かと思った。

 意識を失わなかったのは、たぶん意地の悪いそんな誰かさんのせいだ。

 趣味まで悪い彼は、時間を止めるか結界を張るかでもして、また特等席から眺めているにちがいない。

「気分はどうだ?」

 ……最高だよ、お陰さまで。
 声を出せない代わりに心の内で返すけれど、それでも聞こえているだろう。

「さて、悪い知らせがある。おまえが()かれた衝撃で砂時計が壊れちまった。つまり“今日”の結末はこれで確定ってことだ。もう巻き戻せねぇ」

 視界が霞んでよく見えないが、ふっと悪魔がそばに屈んだ気配があった。

「でも、わざとだろ? 誰が死んでも構わねぇなら、自分が死ぬことを選んだ。その女を守るために」

「…………」

 そっと瞑目(めいもく)する。

 確かにこの救いようのない結末は、僕が最後に自分の意思で選んだ結果だ。

 今朝に戻ってきたときには既に決めていた。

 あの子が死んだら花菜も死ぬことになる────だからこそ、僕が死ぬしかなかった。

 花菜を庇わなければあの子が死ぬこともないし、花菜が死ぬ前に僕が身代わりになれば、花菜が死ぬこともない。

 先輩に狙われる理由もなくなるし、これが花菜を守る最善策に思えた。
 それと同時に、彼女を救う唯一の方法でもある。

 諦めじゃなくて選択。
 これが、僕の答えだ。

「俺には理解できねぇな。けど、確かに面白いもん見せてもらったよ。いい退屈しのぎになった」

 彼は言いながら僕の額に触れた。
 手袋の無機質な感触じゃないけれど、冷たさもあたたかさも感じられない。

 まるで別れの挨拶だと思ったものの、正真正銘そうなんだろう。
 砂時計を失った僕は、ここで本当に死ぬことになる。

 悪魔は確かに言っていた────死んだら魂をもらう、って。
 こうやって奪われるのか、なんて霞がかった頭で暢気にも思った。

「惜しむらくは、この女の反応が見られねぇことだけど……」

 だんだん意識が遠のいて、音も声も聞こえなくなってくる。
 そんな悪魔の呟きも残響みたいに歪んで感じた。

「そうだ、いいこと思いついた」

 ふと、唐突に彼の手が離れる。

 ぼやけた視界は不鮮明で、色も褪せて輪郭すら捉えられないのに、悪魔がにやりと笑みを深めたのが分かった。

「魂は一旦お預けだ。あとで会おう、イクミ。……まだまだ楽しめそうだ」

 頭の中が暗闇に侵食され、この目も何も映さなくなる。
 意識を完全に手放す寸前、最後にそんな言葉が聞こえた気がした。
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