御曹司社長の契約溺愛 シンデレラなプロポーズは、夜ごと甘く溶けて
第九章:過去の影と、見えない壁
前の夜の激しい情事の余韻は、朝になっても琴音の体から抜けきっていなかった。しかし、ベッドの隣に蓮の姿はない。
琴音は、昨夜の蓮の言葉と、彼の独占欲の強さを思い返し、改めて彼の複雑な感情に直面していた。
(あんなに冷徹な人が、なぜあんなにも感情的になるんだろう……)
リビングで朝食を待っていると、蓮がすでに身支度を終え、ソファでタブレットを操作していた。その姿は、昨夜の情熱的な男とは打って変わって、冷たいビジネスマンそのものだった。
「気分はどうだ?琴音」
蓮はタブレットから目を離さずに尋ねた。
「はい、大丈夫よ。ありがとう、蓮」
「そうか」
彼は何の感情も示さず答えた。まるで、昨夜の激しい情事も、彼にとっては単なる「契約の履行」でしかないかのように。
朝食が運ばれてくると、蓮は突然、琴音に向かって静かに言った。
「真柴には話してあるが、今週土曜の午後は、君のスケジュールを空けておけ」
「え?何か、パーティかレッスンがあるの?」
「いや。私の実家に行く」
琴音はフォークを持つ手を止めた。
「実家……神楽坂グループの総本家ね」
「そうだ。君は、私の契約の妻として、公的に一族に挨拶をする義務がある。だが、私個人の用事として、君を連れていく」
蓮の言葉には、どこか億劫さが混じっているように感じられた。
土曜日。
蓮が運転する車は、都心から離れた閑静な高級住宅地へと向かった。たどり着いたのは、広大な敷地を持つ、格式高い日本庭園と一体化した邸宅。それが、神楽坂家の本家だった。
邸宅の中は、モダンなタワーマンションとは違い、厳粛で冷たい空気が流れていた。
出迎えたのは、白髪交じりの家政婦と、蓮の母親だった。
「よく来たわね、蓮。そして、そちらが…あなたの新しい『妻』ですか」
蓮の母親である静子は、優雅だが、どこか人を値踏みするような冷たい視線で琴音を見つめた。
「ご紹介します。母上、彼女が望月琴音です。そして琴音、こちらは私の母だ」
蓮は、社交辞令のように淡々と紹介を済ませた。
「望月、ですか。ご挨拶させていただきます。神楽坂静子様」
琴音は真柴に教わった通り、完璧なマナーで挨拶したが、静子の表情は崩れない。
「契約の花嫁と伺っているわ。蓮もずいぶん、奇抜なことをするものね。まあ、私たちにとっては、蓮の『伴侶』という立場が埋まれば、出自など些末な問題だけれど」
静子の言葉は、琴音の出自を遠回しに侮辱するものだった。琴音はぐっと言葉を飲み込んだが、蓮はそれを制した。
「母上。今日の訪問は、形式的な挨拶だけです。これ以上の詮索はご無用で」
蓮の声は、冷たく、母への敬意がほとんど感じられなかった。
挨拶を終え、蓮は静子からの誘いを断り、琴音を伴って庭園を散策した。
二人きりになったとき、琴音はそっと蓮の顔を見上げた。
「蓮は、お母様とはあまり仲が良くないの?」
「仲、などという感情的な繋がりは、我々の家には存在しない」
蓮は、庭の岩に腰掛けながら、冷たく言い放った。
「神楽坂家にとって、私は『神楽坂グループの次期総帥』という役割でしかない。母上にとっては、私の伴侶も、私の感情も、すべてが神楽坂の血を存続させ、事業を拡大するための道具でしかないんだ」
蓮の表情は、タワーマンションで仕事をする時よりもさらに冷たく、そして寂しそうに見えた。
「私は、子供の頃から、常に『完璧』であることを求められた。少しでも感情を露わにすれば、それは『神楽坂の人間として失格』だと叱責された。だから、私は合理的であることを選んだ」
「だから、結婚も『契約』にしたの?」
琴音の問いに、蓮は初めて、まっすぐに琴音の瞳を見つめた。
「そうだ。愛は不確かだ。
感情は裏切る。だが、契約は数値だ。対価と義務が明確であれば、裏切られることはない。君も、借金という明確な対価を得て、私に裏切られることはないだろう?」
彼の言葉は、彼自身の過去の孤独と、心の奥深くに根付いた人間不信を物語っていた。
「だけど、蓮……」
琴音は、一歩近づき、蓮の凍りついた手をそっと包んだ。
「契約でも、気持ちは動くわ。私は、昨夜のあなたに愛を感じた。それは、契約書には書いてない、私自身の感情よ」
蓮は、一瞬驚き、すぐに手を振り払おうとした。だが、琴音は離さない。
「あなたがどんなに合理的に振る舞っても、私を他の男から遠ざけたいと思うのは、独占欲という名の愛じゃないの?」
「それは……」
蓮は言葉に詰まった。初めて、彼の論理的な鎧に、琴音の純粋な感情がヒビを入れた瞬間だった。
しかし、そのヒビはすぐに修復された。
「違う。それは、私の所有物を汚されたくないという、純粋な合理性だ」
蓮は、強い力で琴音から手を引き抜き、立ち上がった。
「無用な感情を持ち込むな、琴音。君の仕事は、私の隣に立ち、夜の要求を満たすこと。君が私に抱く『愛』という不確かな感情は、この契約には不要だ」
蓮はそう言い放つと、来た時と同じように、冷徹な表情に戻り、邸宅へと戻っていった。
琴音は、一人、広大な庭園に取り残された。彼の孤独に触れた優しさと、拒絶された冷たさ。二人の間には、まだ、契約という名の、そして過去の傷という名の、大きな壁が存在した。
琴音は、昨夜の蓮の言葉と、彼の独占欲の強さを思い返し、改めて彼の複雑な感情に直面していた。
(あんなに冷徹な人が、なぜあんなにも感情的になるんだろう……)
リビングで朝食を待っていると、蓮がすでに身支度を終え、ソファでタブレットを操作していた。その姿は、昨夜の情熱的な男とは打って変わって、冷たいビジネスマンそのものだった。
「気分はどうだ?琴音」
蓮はタブレットから目を離さずに尋ねた。
「はい、大丈夫よ。ありがとう、蓮」
「そうか」
彼は何の感情も示さず答えた。まるで、昨夜の激しい情事も、彼にとっては単なる「契約の履行」でしかないかのように。
朝食が運ばれてくると、蓮は突然、琴音に向かって静かに言った。
「真柴には話してあるが、今週土曜の午後は、君のスケジュールを空けておけ」
「え?何か、パーティかレッスンがあるの?」
「いや。私の実家に行く」
琴音はフォークを持つ手を止めた。
「実家……神楽坂グループの総本家ね」
「そうだ。君は、私の契約の妻として、公的に一族に挨拶をする義務がある。だが、私個人の用事として、君を連れていく」
蓮の言葉には、どこか億劫さが混じっているように感じられた。
土曜日。
蓮が運転する車は、都心から離れた閑静な高級住宅地へと向かった。たどり着いたのは、広大な敷地を持つ、格式高い日本庭園と一体化した邸宅。それが、神楽坂家の本家だった。
邸宅の中は、モダンなタワーマンションとは違い、厳粛で冷たい空気が流れていた。
出迎えたのは、白髪交じりの家政婦と、蓮の母親だった。
「よく来たわね、蓮。そして、そちらが…あなたの新しい『妻』ですか」
蓮の母親である静子は、優雅だが、どこか人を値踏みするような冷たい視線で琴音を見つめた。
「ご紹介します。母上、彼女が望月琴音です。そして琴音、こちらは私の母だ」
蓮は、社交辞令のように淡々と紹介を済ませた。
「望月、ですか。ご挨拶させていただきます。神楽坂静子様」
琴音は真柴に教わった通り、完璧なマナーで挨拶したが、静子の表情は崩れない。
「契約の花嫁と伺っているわ。蓮もずいぶん、奇抜なことをするものね。まあ、私たちにとっては、蓮の『伴侶』という立場が埋まれば、出自など些末な問題だけれど」
静子の言葉は、琴音の出自を遠回しに侮辱するものだった。琴音はぐっと言葉を飲み込んだが、蓮はそれを制した。
「母上。今日の訪問は、形式的な挨拶だけです。これ以上の詮索はご無用で」
蓮の声は、冷たく、母への敬意がほとんど感じられなかった。
挨拶を終え、蓮は静子からの誘いを断り、琴音を伴って庭園を散策した。
二人きりになったとき、琴音はそっと蓮の顔を見上げた。
「蓮は、お母様とはあまり仲が良くないの?」
「仲、などという感情的な繋がりは、我々の家には存在しない」
蓮は、庭の岩に腰掛けながら、冷たく言い放った。
「神楽坂家にとって、私は『神楽坂グループの次期総帥』という役割でしかない。母上にとっては、私の伴侶も、私の感情も、すべてが神楽坂の血を存続させ、事業を拡大するための道具でしかないんだ」
蓮の表情は、タワーマンションで仕事をする時よりもさらに冷たく、そして寂しそうに見えた。
「私は、子供の頃から、常に『完璧』であることを求められた。少しでも感情を露わにすれば、それは『神楽坂の人間として失格』だと叱責された。だから、私は合理的であることを選んだ」
「だから、結婚も『契約』にしたの?」
琴音の問いに、蓮は初めて、まっすぐに琴音の瞳を見つめた。
「そうだ。愛は不確かだ。
感情は裏切る。だが、契約は数値だ。対価と義務が明確であれば、裏切られることはない。君も、借金という明確な対価を得て、私に裏切られることはないだろう?」
彼の言葉は、彼自身の過去の孤独と、心の奥深くに根付いた人間不信を物語っていた。
「だけど、蓮……」
琴音は、一歩近づき、蓮の凍りついた手をそっと包んだ。
「契約でも、気持ちは動くわ。私は、昨夜のあなたに愛を感じた。それは、契約書には書いてない、私自身の感情よ」
蓮は、一瞬驚き、すぐに手を振り払おうとした。だが、琴音は離さない。
「あなたがどんなに合理的に振る舞っても、私を他の男から遠ざけたいと思うのは、独占欲という名の愛じゃないの?」
「それは……」
蓮は言葉に詰まった。初めて、彼の論理的な鎧に、琴音の純粋な感情がヒビを入れた瞬間だった。
しかし、そのヒビはすぐに修復された。
「違う。それは、私の所有物を汚されたくないという、純粋な合理性だ」
蓮は、強い力で琴音から手を引き抜き、立ち上がった。
「無用な感情を持ち込むな、琴音。君の仕事は、私の隣に立ち、夜の要求を満たすこと。君が私に抱く『愛』という不確かな感情は、この契約には不要だ」
蓮はそう言い放つと、来た時と同じように、冷徹な表情に戻り、邸宅へと戻っていった。
琴音は、一人、広大な庭園に取り残された。彼の孤独に触れた優しさと、拒絶された冷たさ。二人の間には、まだ、契約という名の、そして過去の傷という名の、大きな壁が存在した。