敏腕社長の密やかな溺愛
(逢坂という名前、大きな屋敷……気づける要素は確かにあったわ。直前に社内報で社長の顔だって見てたのに!! ……でも、やっぱり直接会ったことはないはず)
千明がちらりと和弘を見ると、彼は涼しい顔で運転をしている。
「どうした? 仕事のことでも思い出したか?」
「いえ、社長の顔を思い出しました……。気づかず申し訳ありません。春子さんがオウサカグループの社長夫人であることも知りませんでした」
とりあえず千明が謝ると、和弘がふっと吹き出した。
「はははっ、そんなこと気にしていたのか? 謝ることじゃない。むしろ俺が感謝したいくらいだ。最近、母が生き生きしているのは君のおかげみたいだからな」
「それは春子さんご自身の力というか……春子さんは筋が良いから上達も速いんですよ」
「『先生の教え方が良い』と会うたび自慢されていた。……いつかは本業にするのか?」
なぜか和弘の口調が重くなる。重役会議のような真剣な口ぶりに、千明の背筋が伸びる。
「いいえ! カービングは趣味ですので! 仕事に支障のない範囲でしているだけに過ぎません」
千明が断言すると、和弘の表情が少しだけ和らいだ。
「そうか……。いや、踏み込んだことを聞いてすまない」
「そんな! 私はルミナークで頑張りたいと思っています。……今はあまりお力になれていませんけど……」
言いながら昨日の自分を思い出し、声が小さくなる。
(今はお荷物社員だもの。もう新入社員でもないのに)
信号が赤になり、車が緩やかに止まる。
エンジン音が小さくなり、急に二人の間に沈黙が広がった。
和弘はチラリと千明の方を見たが、すぐに前を向いた。
「確か……今は広報だったか? 少し前まで総務だったんだろう?」
ポツリと呟かれた言葉に、千明は目を見開いた。
「そ、そんなことまでご存じなんですか?」
「まあな。……部署に問題があるなら社内通報窓口に連絡するように」
「え? そんな大げさな話ではないですよ。まだ業務に慣れなくて苦戦してるってだけです」
「本当か? 無理をしていないか?」
和弘の真剣な口調に千明は思わず笑ってしまった。
(社長なのに、一社員の弱音を真剣に受け止めすぎじゃない? ……嬉しいけど)
不思議とさっきの鬱屈とした気持ちが和らいでいく。
総務を離れてから、会社の皆とは少し距離を感じていた。けれど社長が自分の異動のことまで把握して、心配してくれているという事実が千明の心を軽くした。
千明は少しだけ和弘の方に身体を向けた。
「社長。私、出来ることは精一杯やりますので!」
「ふっ……そうか。頼もしいな」
グッと小さく拳を握ると、和弘は前を向いたまま満足気に微笑んだ。
「送ってくださってありがとうございました。お父様、もう到着なさってるかも……」
結局、アパートの前まで送ってもらった千明は、深く頭を下げた。
「二人きりになれて喜んでるから、心配するな」
「ふふふっ、そうかもしれませんね」
嬉しそうな春子の姿が目に浮かぶ。
「春子さんによろしくお伝えください」
「あぁ。それじゃあまたな」
「はい、お疲れ様です」
千明は和弘の車が去っていくまで、ずっと眺めていた。
もう夕日は沈み、星が輝き始めていた。
千明がちらりと和弘を見ると、彼は涼しい顔で運転をしている。
「どうした? 仕事のことでも思い出したか?」
「いえ、社長の顔を思い出しました……。気づかず申し訳ありません。春子さんがオウサカグループの社長夫人であることも知りませんでした」
とりあえず千明が謝ると、和弘がふっと吹き出した。
「はははっ、そんなこと気にしていたのか? 謝ることじゃない。むしろ俺が感謝したいくらいだ。最近、母が生き生きしているのは君のおかげみたいだからな」
「それは春子さんご自身の力というか……春子さんは筋が良いから上達も速いんですよ」
「『先生の教え方が良い』と会うたび自慢されていた。……いつかは本業にするのか?」
なぜか和弘の口調が重くなる。重役会議のような真剣な口ぶりに、千明の背筋が伸びる。
「いいえ! カービングは趣味ですので! 仕事に支障のない範囲でしているだけに過ぎません」
千明が断言すると、和弘の表情が少しだけ和らいだ。
「そうか……。いや、踏み込んだことを聞いてすまない」
「そんな! 私はルミナークで頑張りたいと思っています。……今はあまりお力になれていませんけど……」
言いながら昨日の自分を思い出し、声が小さくなる。
(今はお荷物社員だもの。もう新入社員でもないのに)
信号が赤になり、車が緩やかに止まる。
エンジン音が小さくなり、急に二人の間に沈黙が広がった。
和弘はチラリと千明の方を見たが、すぐに前を向いた。
「確か……今は広報だったか? 少し前まで総務だったんだろう?」
ポツリと呟かれた言葉に、千明は目を見開いた。
「そ、そんなことまでご存じなんですか?」
「まあな。……部署に問題があるなら社内通報窓口に連絡するように」
「え? そんな大げさな話ではないですよ。まだ業務に慣れなくて苦戦してるってだけです」
「本当か? 無理をしていないか?」
和弘の真剣な口調に千明は思わず笑ってしまった。
(社長なのに、一社員の弱音を真剣に受け止めすぎじゃない? ……嬉しいけど)
不思議とさっきの鬱屈とした気持ちが和らいでいく。
総務を離れてから、会社の皆とは少し距離を感じていた。けれど社長が自分の異動のことまで把握して、心配してくれているという事実が千明の心を軽くした。
千明は少しだけ和弘の方に身体を向けた。
「社長。私、出来ることは精一杯やりますので!」
「ふっ……そうか。頼もしいな」
グッと小さく拳を握ると、和弘は前を向いたまま満足気に微笑んだ。
「送ってくださってありがとうございました。お父様、もう到着なさってるかも……」
結局、アパートの前まで送ってもらった千明は、深く頭を下げた。
「二人きりになれて喜んでるから、心配するな」
「ふふふっ、そうかもしれませんね」
嬉しそうな春子の姿が目に浮かぶ。
「春子さんによろしくお伝えください」
「あぁ。それじゃあまたな」
「はい、お疲れ様です」
千明は和弘の車が去っていくまで、ずっと眺めていた。
もう夕日は沈み、星が輝き始めていた。