敏腕社長の密やかな溺愛
「重い……前が見えにくいし」

 階段にさしかかり、重いため息をつく。けれど止まっていても仕方がない。横を向きながら慎重に一段ずつ降りていく。
 緊張と重たさでじんわりと汗がにじんだ。

「ふぅ……やっと半分」

 階段の踊り場で一度止まって息を整える。こんなにも息が上がるのは久しぶりだった。

 チラリと下を見ると、何人かが階段を上ってくるのが見えた。
 千明は慌てて端に寄る。

「す、すみません。……あっ!」

 千明の情けない声が響く。
 急いだせいで、バランスを崩してしまったのだ。

(転ぶ……!)

 人にぶつかったら危ない。荷物をぶつけても危ない。
 それだけが意識を支配しており、千明は壁に向かって顔から倒れていった。
 衝撃に備えて目をつぶる。

 しかし、いつまでたっても顔に痛みを感じることはない。
 その代わり、後ろから温かさを感じた。

「おい、大丈夫か?」

 背後からの声に振り返ると、そこには和弘がいた。
 いた、というより千明を後ろから抱き止めていた。

「社長っ……!? あ、ありがとうございます」

 思いがけぬ人物との再会に、千明はお礼を言いながら慌てて身体を離す。

「何してるんだ?」
「ちょっと資料の整理をしようと……」
「ふーん、貸せ」
「えっ、ちょっと!」

 和弘は千明から段ボールをひょいと取り上げると、階段を下っていく。

「先に準備しておいて」
「承知しました」

 彼は秘書らしき人に指示をすると、千明を仰ぎ見た。

「どこまで?」
「じ、自分でやりますから」
「駄目だ。さっきみたいに転倒して、労働災害を起こされたら困るだろう? うちは安全を守る会社なんだから」

 そう言われてはぐうの音も出ない。
 千明は観念して、社長とともにシュレッダー室へと向かった。

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