敏腕社長の密やかな溺愛
 書類の山に仮置きであることを示す張り紙をして自席に戻ると、自然と長いため息が出た。
 皆がチラチラとこちらを気にしているのが分かる。社長に雑務をさせたのだから仕方がないが――。

(目立ちたくないのに……でも階段で転んでたら、もっと悪目立ちしていたかも。労災になったら社員全員に周知させられるし。社長には感謝しかないわ)

 チクチクと刺さる視線を無視して、作りかけていたメディアリストを完成させていく。
 仕事が終わる頃には、皆の視線が気にならなくなっていた。



 けれど、新たな問題も発生していた。

「斎藤さん、お先に失礼します」
「……」

 帰り際、千明が斎藤に挨拶をすると、あからさまに無視をされた。
 千明が資料整理を終わらせなかったことに、かなり苛立っているようだった。

(会議から帰ってきた時、すごい顔してたもんな。事情を説明したら分かってくれたみたいだけど……)

 課長からも軽く注意を受けていたし、それも火に油だったのだろう。彼女の気持ちも理解できたが、千明はずしりと気が重くなった。

(私が最初からしっかり断れば良かったのよね)

 年上の後輩という立場上、千明はどうしても斎藤には遠慮してしまう。けれど、今回はその遠慮が裏目に出た。

(課長とも斎藤さんともギクシャクしちゃったなあ。仕事に支障が出ない距離感でいたいのに)

「上手くいかないなー」

 歩きながら漏れ出たため息は、夕方の街に消えていった。



 その日以降、斎藤は千明に厳しく当たるようになった。
 これまでも無茶な依頼や少しのからかいのようなものはあったが、それらとは比べ物にならないほどだ。

『先輩、明後日までに依頼していた資料、今日中にください。広告代理店訪問で使うことになったんで』
『今度のイベントで配る飲料水にノベルティつけといてください。ここにあるやつ全部』
『パンフレットに誤字があったんで、訂正シール貼っておいてくださーい』

 等々……。
 無茶なスケジュールの仕事や、課内全員でやるはずの仕事を押し付けられるようになってしまったのだ。
 課長や他の皆も気づいているのに、何も言ってこない。仕方なく、千明は一人でやるしかなかった。

 そんな調子でずっと雑用を押し付けられるので、週末を迎える頃には、千明はヘトヘトになってしまっていた。

(でも、明日は土曜日! やっと業務から解放されるっ……!)

 明日になれば、柔らかな笑顔の春子に会える。そう思うと、気持ちが少し上を向いた。




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