敏腕社長の密やかな溺愛
(どうしてこんなことに……!?)

 連れてこられたのは、イタリアンのお店だった。赤い絨毯が敷かれた店内はどう見ても高級店だ。
 千明は和弘の腕に手を添えながら、恐る恐る歩いていた。
 窓ガラスに映る自分の姿を見て、目をそらしたくなる。千明はボルドーのドレスに身を包み、髪を結い上げていた。

『食事の前に、少しだけ時間をくれるか?』

 と言われ、ブティックでドレスアップさせられてしまったのだ。丁寧にメイクまでされた顔は、自分ではないみたいだ。

「ドレスコードがあるのを忘れていたんだ。すまない」

 しれっとそう言い放った和弘に、千明は何も言い返せなかった。
 なぜなら和弘もまたスーツに着替えており、その隣に立つので精一杯だったからだ。

(スーツ姿の社長なんて、パンフレットとかで何度も見ているはずなのに!)

 必死にドキドキと高鳴る胸を押さえつける。
 身体を寄せて歩いているため、彼の熱が伝わってくる気がする。千明の身体はどんどんと熱くなっていた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 何も言わずとも個室に通され、緊張が少しだけ緩む。
 クラシカルな雰囲気の室内には大きなシャンデリアがキラキラと輝いており、ヴェネツィアングラスの置物がいくつか飾られている。
 窓の外に目をやると、夜景がキラキラと輝き始めていた。

(もっと気軽なお店だと思っていたのに……)

 気を紛らわそうとメニューを眺めると、目が飛び出るほどの価格が書かれていた。

「好きなものを頼んだらいい」
「お、お任せで……お願いします」
「じゃあ適当に頼もう」

 慣れた様子で店員に注文している和弘を見て、千明はそっとため息をつく。
 先程まで一緒に野菜を切っていた人と同じとは思えなかった。

(これが和弘さんの普通なんだろうな……)

 遠い人だ。そんな気がした。
 ぼんやりと和弘を眺めていると、ふと視線を戻した彼と目が合う。

「今日はありがとう。母には悪いが、思った以上に楽しんでしまった。だから君もこの食事を楽しんでくれたら嬉しい」

 目を細めて心底楽しそうに笑う和弘を見て、千明の頬が熱くなる。

「ありがとうございます」
「休日にも仕事をして疲れないのか?」
「楽しいですから。日曜は休んでいますし」

 千明がぎこちなく笑みを浮かべると、和弘も「そうか」と安心したように微笑んだ。

(なんか失礼なことを考えてたかも。和弘さんはいつだって変わらず接してくれているのに……)

 遠い人だなどと考えていたのが申し訳なくなる。千明は素直に和弘との時間を楽しむことにした。



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