敏腕社長の密やかな溺愛
「実は俺、小野さんと同じ大学出身なんだよ。小野さん、木下って奴と付き合ってたでしょ? あいつサークルの後輩なんだ。小野さんがすっごくインドアで、何にもしない子だって聞いてさー。OBとして、正してやろうと思ったわけ。だからわざわざ広報に引っ張ってきたんだから! まったく、木下には奢ってもらわねーと」
「……はい?」

(大学の頃に一瞬だけ付き合っていた人は、確かにそんな名前だったけど……)

 そんな理由で異動させられたのかと、力が抜けそうになる。
 課長は千明のことなど気にもせず、言葉を続ける。

「だから、鍛え直してあげるって言ってんの! 交通事故だか知らないけど、いつまでも動かないのは甘えだよ?」
「あ、甘えとかではなく、医者にも止められているので……無理、です。人事にもそう伝えてあります」

 なんとか絞り出した千明の言葉に、課長は顔を真っ赤にした。

「言い訳すんのか!? お前さあ、やる気あんの? 無理とか言って済むのは学生までだぞ!」

 壁がビリビリと震えるほどの大声に、千明は思わずギュッと目を閉じた。

「おい! 聞いてんのか!?」

 課長が壁をバンッと殴った瞬間、扉がコンコンとノックされた。
 返事をする間もなく扉が開かれる。

「おい、ここは17時から予約が入っているだろう。延長するなら別室を使ってくれないか?」

 入ってきたのは和弘だった。後ろには数名の社員も待機している。
 課長は驚いた顔をすぐに引っ込め、愛想笑いを浮かべた。

「しゃ、社長……? 失礼しました。ちょっと指導に熱が入っちゃいまして。ははは。……ほら、もういいから」

 課長は笑みを浮かべたまま、社員達の間をぬってあっという間に退室してしまった。
 取り残された千明も慌てて頭を下げる。

「あのっ、失礼しました!」

 目に溜まった涙を拭い、千明も課長と同じように退出しようとした。
 だが――。

「ちょっと待て。皆さん、彼女が広報ニ課の小野千明です」

 急に和弘に肩を抱かれ、皆の方へ誘導される。

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