敏腕社長の密やかな溺愛
 セレノヴァホテルのバンケットルームには、ルミナークの社員たちが集まっていた。皆思い思いに軽食を楽しんだり談笑している。

 千明は部長たちにお礼を伝えて回ったり、総務のメンバーと久しぶりに話したりしていた。

(こんなに人と話したのは久しぶりかも。ちょっと休憩したいな)

「ふぅ……」

 会場の隅に寄ってぼんやりと皆を眺めていると、横から二つの影が近づいてきた。
 
「千明せんぱーい、記者会見お疲れ様でしたぁ」
「いやぁ、小野さんにしては頑張ったな」

 近づいてきたのは斎藤と課長だった。
 二人は口角を上げていたが、目が据わっている。

 千明が「ありがとうございます」と頭を下げると、二人は千明を取り囲んだ。

「たまたま上手くいったからって調子乗らないでくださいね」
「広報の仕事は司会だけじゃないんだからな! 協調性をもたないとやっていけないぞ」

 千明には彼らの言動が理解出来なかった。

(私には重要な仕事だと言って司会の仕事を取り上げたのに……)

 彼らと衝突せず、言うことを聞くことが、仕事を円滑にするのだと思っていた。けれど、それは間違いだったのだ。

 千明はゆっくりと、二人の目をじっと見つめてはっきりと答えた。

「私はどんな仕事も誠実にしてきました。今回の記者会見も同じです。……きちんとお伝えしていませんでしたが、私は身体が少し不自由で、出来ることが限られます。だからこそ、出来ることは精一杯してきました。ただ、まだ至らない点もあると思います。その時には是非ご指導をお願いします」

 千明の発言に二人は言葉を詰まらせる。その隙に千明は二人の間をぬってその場から離れようとした。
 すると――。

「あぁ、こんなところにいたのか」
「かず……社長」

 和弘が近づいてきて千明に手を差し伸べた。
 その手を取ると、彼はまるで恋人のように引き寄せた。
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