敏腕社長の密やかな溺愛
2.広報二課
 春子の屋敷に招待される少し前――。
 千明はいつものように会社で勤務をしていた。


「小野さん、来月の課内イベントの出欠今日までだけど、どう?」
「すみません、欠席で。ちょっと予定が合わなくて……」
「そっかー……次は早めに予定出すから参加して。次回はシュノーケリングだから!」

 課長の明るい声に千明は頬をひきつらせる。

(前回体力的に厳しいって言ったのに強制参加だったもんな……。まあ歓迎会だって言われたら断れないし)

 先月、ここ『広報二課』に異動してきたばかりの千明は、『社内随一のアクティブ集団』と呼ばれる彼らの洗礼を受けたばかりだった。

(ハイキングは本当に辛かった……あぁ、思い出すだけで全身が痛い気がする)

「課長ー、あんまり千明先輩を無理矢理誘ったらダメですよお。それパワハラになっちゃいますってー」

 曖昧に返事をして立ち去ろうとした時、後ろから可愛らしい声が響いた。
 千明が振り返ると、後輩の斎藤が立っていた。

「斎藤は手厳しいなー」
「だってこの間の時も先輩のペースに合わせたから、大変だったじゃないですかあ。誘ったら可哀想ですよー」

 斎藤の言葉がチクリと刺さる。
 そう。歓迎会のハイキングでは、ペースが遅すぎた千明が皆を長時間待たせてしまったのだ。

「あー……ははは、本当にすみません。体力がなくて」

 千明はいたたまれず、愛想笑いだけを浮かべてその場を離れた。
 後ろから斎藤の「千明先輩って非力でかわいー」という声が耳に付いて離れなかった。


 千明は資料室でぼんやりと資料を眺めながらため息をついた。

「はぁ、確かに私は非力だし体力もない……。でも体力はつけられないんだもの。そんなこと言えないけど」

 ポツリとこぼれた独り言は、誰にも聞かれずに消えていった。


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