敏腕社長の密やかな溺愛
 千明は高校の頃まで、ごく普通の体力を持っていた。ソフトテニス部だったこともあり、むしろ平均よりも身体を動かしていた方だった。
 だが高校からの帰り道、千明の人生は変わってしまった。

 交通事故によって――。

 それは通学路にある信号のない横断歩道で起きた。
 横断歩道の前では一人の男性が立っていた。車が途切れるのを待っていたのだろう。千明も斜め後ろに並び同じように待っていた。

 すると突然、トラックが横断歩道に入ってきたのだ。スピードは落ちていたが、止まることなく男性へと向かっていく。

(危ないっ!)

 千明には、それがスローモーションのように見えた。
 咄嗟に男性のスーツを掴み、後ろへと引っ張った。そして、その反動で千明は男性よりも前に出たのだ。

 それからのことはあまり覚えていない。
 気がついたら数日が経っていた。

(男性が無事だったのが唯一の救いよね)

 トラックの運転手は飲酒運転だったようで、助けた男性の親族がその対応に尽力してくれたと聞いた。

(あれ以来、身体がうまく動かせないのよね。両親も私のことで喧嘩して離婚してしまうし……)

 千明にとっては当然良い思い出ではない。
 大学に入っても、身体のことが千明の足を引っ張った。事故のことを話すと、皆が同情的になる。

『千明には無理でしょう? 代わってあげる』
『そんなことしたら駄目だよ。後遺症に響くよ』

 けれどそれは最初だけだ。見た目が健康で日常生活に問題がない千明の様子に、皆はだんだんと態度を変えていくのだ。

『なんでそんなに出来ないの? 可愛い子アピール?』
『本当は動けるんでしょ? 本気でやってほしいんだけど』

 トドメを刺したのは、当時付き合っていた恋人の言葉だった。

『後遺症だか知らねーけど、お前といたら何にも出来ない。つまんねーわ』

 それ以降、千明は後遺症のことを誰かに話すのをやめてしまった。

(同情もバカにされるのもうんざり。どうせ言っても無駄。ただ体力がない奴だって思われた方がマシよ)

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