敏腕社長の密やかな溺愛
 資料室の中で悶々と考えていると、どんどん思考がマイナスになっていく。
 千明は自分の頬をパンと叩いた。

「やめやめ! 仕事なんだから文句言わない。出来ることをやるしかないんだから」

 千明は昨年の社外向け資料のファイルを手に取ると、広報二課の執務室へと戻ることにした。


 千明の今のメインの仕事は、社内報の執筆や社内SNSの更新である。異動してきたばかりの千明は、まだ社外関連の広報活動をしたことがなかった。
 
(来月の社内報は社長のインタビューね)

 メールで送られてきたインタビューの文字起こしを記事に編集していく。先ほど持ってきた社外向け資料からも、社長の言葉を引用してレイアウトしていった。

 社長は昔、交通事故に遭いかけたらしく、当時の経験から安全への意識が高まったのだそう。

(社長の『とにかく自動車を安全に』という気持ちがよく伝わるインタビューだもの。これならきっと皆に伝わるわ)

 出来上がった記事を再度確認して、千明は斎藤に声をかける。

「斎藤さん、今月の社内報をチェックしてくれる?」

 斎藤は千明よりも二年後輩ではあるが、広報二課では先輩である。だから記事のチェックはいつも斎藤が担当していた。
 だが――。

「社長のインタビューですね。相変わらずイケメンー! いい感じの写真映りだし、いいんじゃないですか?」
「えっと、文章とかレイアウトはどうかな?」

 千明が尋ねると、斎藤はふっと吹き出した。彼女はそのまま呆れたような笑みを浮かべると、千明の肩をポンポンと叩いた。

「せんぱーい、社内報なんて誰も読んでないですって。先輩がチェックしてオッケーだったら問題ないですよ。私、雑誌広告の打ち合わせがあるのでもう行かなきゃ」
「あっ……うん、確認ありがとう……」

 斎藤は振り返ることなく早足で去っていく。いつも以上に可愛らしい服装の後ろ姿は、どことなく浮かれていた。会社のイメージキャラクターを務めている俳優との打ち合わせだからかもしれない。
 
 千明は小さくため息をついた。

(誰も読んでない……か)

 広報の仕事は多岐にわたるが、社内向けの仕事はやりたがらない人が多い。
 斎藤だけでなく他の皆も、課長さえも社内報などを軽視している。

 総務の頃から社内SNSや社内報を活用していた千明にとって、その感覚は受け入れ難かった。

(まぁ、私に出来ることがあるだけでも、ありがたいか)

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