敏腕社長の密やかな溺愛
 千明は一人で記事の再チェックを始めた。
 ルミナーク社長の凛々しい顔写真が目に入る。『安全に妥協はない』という言葉が添えられており、我ながらいいレイアウトだと内心微笑んだ。
 もともと大手自動車メーカーの社内ベンチャーとして始まったという『安全サポートシステム』について、社長が熱く語っている良いインタビューだ。

(斎藤さんはああ言っていたけれど、きっと読む人のモチベーションアップになるわ)

 千明は一人で二回記事をチェックすると、課長のもとへと向かった。

「課長、今社内報をメールで送りましたので、問題なければ承認お願いします」
「あーうん、オッケー。配布しちゃっていいよ」
「……ありがとうございます」

 読んでないのに承認された記事。これもいつものことだ。
 千明は頭を下げて自席に戻ろうとしたが、課長が「ちょっと」と呼び止めた。

「やっぱり社内向けの仕事なんてつまらないでしょ。小野さんがもう少し積極性を出してくれたらなー。そうすれば社外向けの仕事も振ってあげるんだけどなー」

 まるで社内報の執筆が罰であるかのような言い方だ。
 千明の胸にモヤモヤとした苛立ちが渦巻く。

「お気づかいありがとうございます。でも社内報の執筆も大切にしてますから、ご心配には及びません」

 なんとか笑顔をつくって自席へと戻る。

(同じ会社なのに、総務とは雰囲気が違いすぎる!)

 どんな仕事でも一つ一つ大切にしていた総務。
 今はそれが懐かしい。
 広報二課の仕事に対するスタンスは、千明には受け入れがたかった。

 ぼんやりと『転職』という言葉が頭をよぎり、小さく頭をふる。
 こんな身体で雇ってくれるところなんて滅多にないのだから。

 ふとパソコンに目をやると、インタビュー記事の『やれることは全てやりたい』という社長の言葉が目に映る。

(そうよ。私もやれることはやらないと。せっかく雇ってもらえたんだもの!)

 なんとかモチベーションを上げて、残りの仕事を片付けていく。

(今日さえ頑張れば、明日は土曜日。春子さんとカービングするんだから!)

 カービングのことを考えると少し気持ちも上を向く。なんとか持ち直した千明は、定時に帰ることが出来た。
< 8 / 35 >

この作品をシェア

pagetop