運命に導かれた転生魔女は、呪われた王太子を救いたい



 夜更けの王宮は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 夜警の兵士たちが立つ長い廊下は、明かりが控えめに灯され、影が床を滑るように揺れている。

 兵士たちは、セレナを見ても微動だにしなかった。婚約者がメイドを連れてアレクの寝室を訪れても、なんら不思議はないということの現れで、一気に緊張してくる。

 その緊張は、期待と不安がごちゃまぜになったような感覚……いやいや、別に何かを期待してるわけでもないのだけど。

「セレナ様、私はここまででございます」

 大きな扉の前に立ったとき、にこやかなエマがゆっくりと頭をさげる。

「エマ……、本当に?」
「ご安心ください。控えの間でお待ちしておりますので、何かございましたらすぐに参りますから」

 何かって、何? ささいな言葉が気になって、胸の鼓動をやけにうるさく感じてしまう。

 だいたい、男の人の部屋を訪ねるのは初めての経験で、考えれば考えるほど足がすくんでしまう。それなのに、一人にされる緊張感といったら、魔物と対峙する以上のもので……。

 けれど、今日こそは、アレクの舌に刻まれている印を見なければならない。ずっと心に引っかかっていたことを、ようやく確かめる時がきたのだ。

 薄手のショールをぎゅっとつかみ、扉の前へと踏み出す。

「……用が済んだら戻ります」

 自分に言い聞かせるように、かすれた声でつぶやく。エマはまるで、ご自由に、とでも言わないばかりに静かにほほえんでいる。そんな様子にますます不安は募ったが、セレナは手を伸ばす。

 小さく震える指先で、軽くノックする。胸がドキドキと高鳴る中、待てど暮らせどアレクの返事はない。

 まさか、いない……?
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