あなたと私を繋ぐ5分
 付き合い出して一年近く経ったころ、彼女から別れを切り出された。

 その理由が「顔以外良いところないよね」だった。

 確かに、彼女に対してそんな態度をとっていたのだから仕方ない。ただその時は何が起きたのかわからず、自信を失った。

 自分は、女性と付き合うべきではないのかもしれない。そう思ったら、もうどうしたら人を好きになるのかも、わからなくなった。

 自信を喪失したとき、彼女が好きだと言ってよく読んでいた小説の存在を思い出した。
 名作だがどちらかというと児童文学のカテゴリーだ。
 彼女は、子どもの頃からその物語が大好きで、大人になっても頻繁に読み返すのだと表紙がボロボロになった本を大事そうに見せてくれた。

 なのに、自分はその小説を未だに読んだことがない。
 彼女が好きなものだったのだから、自分も手に取れば良かった。

 考えてみれば、「これが好きなんだ」と紹介された時に、全く興味を示さない恋人なんて、愛想をつかされても仕方ない。
 今さら意味がないと分かっていながらも、 鷺沼は書店でその本を買い求めていた。


 あらすじだけは何となく聞き覚えがあった。
 孤児だった主人公が、裕福な男性の援助を受けて学校に通う話だ。

 彼女はそこで、自分の身近に起きる些細な出来事のなかに、幸せを見出していく。
 なんてことはないと思っていた日常のあちこちに、幸せのかけらは転がっている。それに気づいて、ひとつずつまるで宝物のように掬い上げては心がときめく主人公が、とても魅力的に思えた。

 その主人公は、つらいことがあっても幸せのかけらを見つけ、それを拠り所にして着実に進んでいく。
 その姿は、あまりにも自分と違う。
 
 ――俺は、どこかで諦めていなかっただろうか。俺を理解してくれるひとなんて、現れない、と。

 毎日の中で、幸せに思うことを探そうなんて、考えたこともなかった。自分から世界を変えようとするなんて、発想もなかった。

 それは、頭を冷やされるような衝撃だった。あるいは、自らの未熟さを突きつけられた瞬間だった。
 それまで半ば恨んでいた元彼女にも、素直に申し訳ないことをしてしまったと思うことができた。
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