あなたと私を繋ぐ5分
「きみもよく働くな」
そう声をかけると、ぱっと顔を上げた美咲がカウンターへ駆け寄ってきた。
「総務部は今が一番忙しい時期ですから。鷺沼課長みたいに一年中忙しいわけではないんですよ」
「そうか」
「鍵ですか?」
「いや、その……」
仕事をしている彼女にもう帰るのだ、というのは少しだけ憚られるような気がして、咄嗟に顔を背けた。
そして、こんなに強く雨が降っているのに、傘も持っていない自分の準備の悪さに情けなさを覚えたからだ。
「借りられる傘がないかと思って」
「ああ……」
美咲が扉近くの傘立てに視線を向けたのにつられて鷺沼も見たが、そこに傘は一本も残っていなかった。
「出払っているようだな」
やはりコンビニに駆け込むしかないか。家にずらりと並んだビニール傘を思い浮かべて、苦笑いを浮かべる。
「すみません」
「いや、大丈夫だ」
すまない、と言ってオフィスを出て行こうとする鷺沼を、美咲が呼び止めた。
彼女は自席に立てかけてあった傘を持って、カウンターの外へとやってくる。シンプルな、青い傘を差し出される。
「よろしければお使いください」
「しかし」
傘と美咲の顔を、鷺沼は呆然と見比べた。
「私、置き傘もあるので」
美咲の用意周到さを感じさせるそのひと言に、鷺沼は内心感嘆の息を吐く。
「ではお言葉に甘えて……」
そう言って傘を受け取ると、美咲の体からほっと力が抜ける。
「ありがとう。その、朝から色々と」
「いえ。遅くまでお疲れ様です」
「君もな。雨、さらに強まるらしいから早く帰ったほうがいい」
「そうなんですね。わかりました、そうします」
部署に戻ると、プリンターはすっかり動きを止めていた。
美咲にああ言った手前、自分も早く帰らねばという思いが強くなった。部下の報告書を斜め読みし、パソコンの電源を落とす。
部署内には他に残っている人間はいない。
電気を消してエントランスへ向かうと、美咲も会社を出ようとしているところだった。
また心が浮き足だったのを感じて、声をかけようと一歩を踏み出し――止まった。
美咲は鞄の中から取り出した折り畳み傘を広げると、ぎゅっと両手で抱きしめるように握って、建物を出た。
向かい風に煽られそうになったのか、一瞬立ち止まった美咲は、細い指で傘の骨の根本を押さえると、そのまま歩き出した。
足が止まったままの鷺沼の手には、長いしっかりした傘が握られている。
彼女は長い傘を貸して、自分は折り畳み傘を使ったのか。
雨風が強いことは室内にいてもわかっただろうに、あっさりとその選択ができる彼女に、心がぐらぐらと揺れた。
そう声をかけると、ぱっと顔を上げた美咲がカウンターへ駆け寄ってきた。
「総務部は今が一番忙しい時期ですから。鷺沼課長みたいに一年中忙しいわけではないんですよ」
「そうか」
「鍵ですか?」
「いや、その……」
仕事をしている彼女にもう帰るのだ、というのは少しだけ憚られるような気がして、咄嗟に顔を背けた。
そして、こんなに強く雨が降っているのに、傘も持っていない自分の準備の悪さに情けなさを覚えたからだ。
「借りられる傘がないかと思って」
「ああ……」
美咲が扉近くの傘立てに視線を向けたのにつられて鷺沼も見たが、そこに傘は一本も残っていなかった。
「出払っているようだな」
やはりコンビニに駆け込むしかないか。家にずらりと並んだビニール傘を思い浮かべて、苦笑いを浮かべる。
「すみません」
「いや、大丈夫だ」
すまない、と言ってオフィスを出て行こうとする鷺沼を、美咲が呼び止めた。
彼女は自席に立てかけてあった傘を持って、カウンターの外へとやってくる。シンプルな、青い傘を差し出される。
「よろしければお使いください」
「しかし」
傘と美咲の顔を、鷺沼は呆然と見比べた。
「私、置き傘もあるので」
美咲の用意周到さを感じさせるそのひと言に、鷺沼は内心感嘆の息を吐く。
「ではお言葉に甘えて……」
そう言って傘を受け取ると、美咲の体からほっと力が抜ける。
「ありがとう。その、朝から色々と」
「いえ。遅くまでお疲れ様です」
「君もな。雨、さらに強まるらしいから早く帰ったほうがいい」
「そうなんですね。わかりました、そうします」
部署に戻ると、プリンターはすっかり動きを止めていた。
美咲にああ言った手前、自分も早く帰らねばという思いが強くなった。部下の報告書を斜め読みし、パソコンの電源を落とす。
部署内には他に残っている人間はいない。
電気を消してエントランスへ向かうと、美咲も会社を出ようとしているところだった。
また心が浮き足だったのを感じて、声をかけようと一歩を踏み出し――止まった。
美咲は鞄の中から取り出した折り畳み傘を広げると、ぎゅっと両手で抱きしめるように握って、建物を出た。
向かい風に煽られそうになったのか、一瞬立ち止まった美咲は、細い指で傘の骨の根本を押さえると、そのまま歩き出した。
足が止まったままの鷺沼の手には、長いしっかりした傘が握られている。
彼女は長い傘を貸して、自分は折り畳み傘を使ったのか。
雨風が強いことは室内にいてもわかっただろうに、あっさりとその選択ができる彼女に、心がぐらぐらと揺れた。