あなたと私を繋ぐ5分
 スマホを前に、鷺沼は言いたいことを整理する。
 ただ結局、思うままに話すしかないのだ、と覚悟を決めて、赤いボタンをタップした。波の音が流れ始める。

「皆さんこんばんは。潮騒です。本日もお聞きいただき、ありがとうございます」

 淀みなく、何度となく繰り返した冒頭の挨拶が口から流れ出る。

「今日も短い時間ですが、あなたのお耳をお貸しください。それでは今日の小さな幸せのかけら、ですが……」

 鷺沼はそこで短く息を吸った。

「実は私には、好きなひとがいます。こういうお話をするのは初めてですね。普段の幸せのかけらとは雰囲気が違うかもしれませんが、ご不快でなければぜひ聞いてください。私の好きなひとは、とても素敵な女性で……。彼女と接する時間は、私にとってすべて幸せのかけらだと、そう思わせてくれるのです。思いやりがあって、まわりの人へいつも気遣いを欠かさない、そんな女性です。ただ最近、彼女とどう接していいのかわからなくなってしまって。大の大人が情けないのですが、しばらく彼女のことを避けていました。ですが今日、また彼女の優しさに触れる機会がありました。私が給湯室に置き忘れたタンブラーに気づいて、それをわざわざ洗って、私の席まで持ってきてくれたのです。こちらが避けているにも関わらず、です。今日、彼女の素晴らしさに触れられたこと、そうしていっそう彼女のことを好きになった……それが今日の私の幸せのかけら、です。いえ、もはや『かけら』ではありません。 彼女の存在が、私にとっての幸せそのものだと気づいたのです。そう気づいた今日は、私にとって特別な一日となりました。……珍しい話をしてしまいました。でもそれもまた、新しい自分に出会えたようで、どこか嬉しく感じています。それではまた明後日お会いしましょう。あなたのまわりにある、小さな幸せのかけらがみつかりますように」

 話し終えると、鷺沼は震える指で配信停止ボタンを押した。
 心臓が、まるで長距離走を終えた直後のように、ばくばくと鳴っている。
 
 言ってしまった。全世界に、いや、彼女に向けて。
 
 聞いているだろうか。ポッドキャストについて生き生きと話す美咲の横顔を思い出す。
 自然と、口元に笑みが浮かんだ。
 彼女のことを考えるだけで、心が緩む。

 だからきっと、今日話したことは間違いじゃない。そう言い聞かせた。

< 31 / 33 >

この作品をシェア

pagetop