玄関を開けたら、血まみれの男がいました
「なんだったんですか、その、山下って人」
 意味不明すぎた。あんな人と接点なんてなかったはずなのに。
 私の問いかけに、警察官は眉を八の字にした。
「通り魔みたいなモンですね。たまたま見かけた浅野さんに一方的な好意を寄せ、力ずくで自分のものにしようとした。そこに大貫さんも巻き込まれた。悪いのは全部山下です。これからしっかり罪と向き合わせますので」
 警察はそう言うけれど、私の心にはまだもやがかかっている。
「罪と向き合って、反省するんでしょうか」
 だって、相手はヤクザみたいな男だ。警察に捕まったこと、大貫が反撃したこと、いろいろなことに逆恨みしていたら、あとからまた狙われるんじゃないか。捕まって大人しくなるなんて常識人の道理であって、犯罪もいとわないような人がそんな常識的な行動をとるだろうか。
 椅子から見上げた警察官は、困ったように苦い顔をしている。やっぱり反省なんて夢物語なのだろう。
 きっと、これから安泰なんて――。
「俺が守るよ」
 大貫の手が私の肩に回った。
 肩を抱き寄せ、私は大貫の胸元にすっぽり収まる。
「俺が浅野さんを守る。命に代えても守る。いつまでも守る。一生守る」
 さわやかな風が吹いた気がした。
「いや、命に代えられても困るんだけど。生きてよ、そこは」
 私はそう言いながら大貫の胸の中で彼を見上げた。大貫はいつにも増して凛々しい顔をしている。目には力が宿り、絵を描いているときみたいな鬼気迫る雰囲気がある。
 警察官が驚いた顔で苦笑して「では、また後日お話を聞かせてください。失礼します」と去っていった。気をつかわせてしまったことが恥ずかしい。でも、大貫は気にしていない。
「俺、浅野さんを一生守るから」
 彼はもう一度言う。
 私はその言葉を頭の中で精査した。言葉の奥にある彼の本心を見抜きたくて、口を開く。
「それは、罪悪感から?」
 大貫が黙る。
 なんだよ、黙るなよ、馬鹿。
 腹が立った私は、思っていたことをぶちまけた。
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