【1話だけ】皇子妃は空気が読めるはずなのに、なぜか夫の気持ちだけはわからない
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「お目通りが叶いましたこと、感謝申し上げます」
鎖国しているわけではないものの、外交に積極的ではないシンナ王国。
しかも、あちらは立派な大国なのに対して、こちらはちっぽけな島国。
それゆえに存在感も薄いはず。
にも拘らず、わざわざシンナに特使を送ってきたソルダシア帝国。
(何年振りかしら? 何の用があるっていうの?)
前回は、こちらから帝国の皇帝即位10周年というメモリアル・イヤーにお祝いを送ったところ、その返礼品を届けにきたのだった。
帝国の国力を見せつけるかのように、豪華な品をどっさりと。
しかし、今回については思い当たることが全くない。
扇で顔のほとんどを隠しながら、特使を観察した。
大陸の人間は押し並べて長身だが、目の前のこの男もまた大柄だ。
近年大陸での勢力をますます拡大しているという大帝国からの遣いにも拘らず、偉ぶった感じはしない。
国王ほかシンナ側の面会者が順々に挨拶する。
もちろんナツメもだ。
そのとき、特使がナツメのこともほんの数秒だけ見た。
その間に、ナツメのスキルが発動した。
(えっ、えっ⁉︎)
思いがけないことに、ナツメは反り返りそうになる。
けれど、それは本当に短い時間に起きたことだった。
目をパチパチさせているうちに消失してしまった。
(もう少し私のことを見てくれていれば!)
しかし、扇で顔を隠す他国の王女のことを尊重し、すぐに目線を外してくれたのだ。
特使は何も悪くない。
特使は、皇帝からシンナ王国国王宛ての親書を携えていた。
隣に座る父が直ちに開封するのに合わせて、扇の上のナツメの視線は真横に動く。
しばらくして、親書を握る父の手に力が入ったかと思うと、目を見開き、ナツメのほうを向いた。
まるで何か恐ろしいものでも見たかのように、顔面は蒼白だ。
父と見つめ合うナツメの顔からも徐々に血の気が引いていく。
面会の途中だというのに、珍しく口を開いた。
もしかしたら、はじめてかもしれない。
「無理です、無理です、無理です!」
大事なこと過ぎて、2回どころか3回も言った。
「ナツメ、そなたしかいないのだ!」
ナツメは父から目を離さず、震えるように首を横に振り続けるのみだった。
その様子を見ていた特使は深々と頭を下げた。