転生聖女は、ユニコーンと逃げ出した
 アトリエの中に並べられているのは、無機質なただの紙だ。
 彼女の手によって描かれ、絵の具で色がつけられただけ。
 鋭利な刃物をこちらに向けているわけでもなければ、意思が宿っているわけでもなかった。
 命を奪われるかもしれないと畏怖と絶望を感じるなど、あり得ないはずなのに――。

「殿下! 正面の絵を、見るんじゃねぇ!」

 カルトンの叫び声を耳にした俺は、いつの間にか見覚えのない絵が完成していることに気づいた。
 本来であれば、異変を察知した護衛騎士の指示に従ってアトリエの外へ出るべきだった。
 しかし、何かへ導かれるように真正面へ視線を移してしまい――。
 椅子の前に置かれた画布へぐったりとした様子で寄りかかるシエルの姿を目撃に、驚愕した。

「ぐ……っ」

 ――この絵に勝負を挑まれたら、絶対に勝てない。
 そう思わせるような何かが、彼女の生み出した絵画には宿っている。

 俺は力なく、その場に崩れ落ちた。

「おい! 殿下! しっかりしろ!」

 幼馴染は明らかに様子のおかしい自分の姿を目にし、すっかり名前呼びを止めている。
 彼女がいつ目覚めるかわからぬ状態で、王族だとわかるような発言は謹んでほしいと苦言を呈したいのに――肩を掴まれ揺すられても、うまく力が入らない。
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