温泉街を繋ぐ橋の上で涙を流していたら老舗旅館の若旦那に溺愛されました~世を儚むわけあり女と勘違いされた3分間が私の運命を変えた~

第2話 結び橋の言い伝えに涙は似合わない

 内風呂で泣きながらどれくらい時間が過ぎたのか。
 すっかりのぼせた身体を布団に横たえると、さらりとしたシーツの冷たさが心地よく感じた。

 思えば遠くに来たものだ──どこかの文豪みたいな一文が脳裏に浮かんだ。

 見上げる天井は現代建築とは違う板張りで、組まれた角材が目に見える。
 のっぺりとした壁紙じゃない木の天井って、こんなにも温かいんだな。もしも、私に田舎があったら、この天井や畳の香りを懐かしいって思うのかな。

 ごろんと畳に転がってみても、懐かしさは感じない。
 生まれも育ちも横浜で、田舎とは無縁の生活だったから仕方ない。でも……

「畳っていいな。落ち着く」

 冷たいだけのフローリングとは違う。さらっとした冷たさというか、冷たいのに温かいというか。
 お湯でほてった身体に、畳の優しさがほどよく感じる。

 ぼんやりと思い出すのは今朝のこと。

 勢いだけでマンションを飛び出してきた。
 三日分の着替えと化粧品、読みかけの文庫本とノートパソコン、通帳やアクセサリーをキャリーケースに押し込めた。
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