温泉街を繋ぐ橋の上で涙を流していたら老舗旅館の若旦那に溺愛されました~世を儚むわけあり女と勘違いされた3分間が私の運命を変えた~
 隼人は今ごろ、ヴェリテホールディングスで忙しく働いてるはずよ。この時期はブライダル予約がいっぱいだし、休みなんて取る暇がない。
 それに、寂れた温泉なんてつまらないっていってた隼人が、温泉土産の紙袋をもって突っ立ってるなんて、おかしいじゃない。

 一瞬の間に考えが巡ったけど、声はでなかった。

「すず、だよな? お前、どうしてこんなとこにいるんだよ。それに、その格好……」

 私の姿をじろじろと見た隼人は、コートの下が着物だとわかったのだろう。

「もしかして、ここで働いてるのか?……どうしてだよ。なんで会社を辞めたんだよ!」

 突然怒鳴った隼人の手が伸びてきた。とっさに駆け出した私は、人混みを避けながら雪で滑る道を突き進んだ。

 雪に足を取られそうになりながら走ると、結び橋が見えてきた。あそこを越えれば、賢木屋はすぐそこだ。
 もう少しだとほっと息をついたのと、私の手首が冷たい指先に掴まれたのは同時だった。

 手首が捻りあげられるように、無理矢理、振り返らされる。鈍い痛みが走り、恐怖に足がすくんだ。

「すず! なんで逃げるんだよ!」
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