温泉街を繋ぐ橋の上で涙を流していたら老舗旅館の若旦那に溺愛されました~世を儚むわけあり女と勘違いされた3分間が私の運命を変えた~
「ん? 気にするな。無理に引っ張ってきたんだ。通常の部屋との差額は俺が出す」
「えっ……そ、そんなご迷惑をお掛けすることはできません!」
「心を癒す湯があるといって連れてきたんだ。それでお粗末な宿に泊まらせたとあれば、笑い者になりかねないだろう?」

 からからと笑う男性は、帳簿にさっさとサインを記した。賢木一鷹と書き込まれた達筆な文字を目で追う。

「まったく、若旦那……お客様は犬猫じゃないんですよ」

 ため息をつく幹本さんは、私に帳簿を差し出した。

「こちらにご署名をお願いします」

 どうも断れる空気ではなく、いわれるがまま名前を書き込んだ。

「早乙女すず様ですね。では、宿の案内を」
「それは俺がやる。そろそろ予約の客も来る頃合いだろう。ここは任せたぞ、幹本」
「やれやれ……かしこまりました。それでは早乙女様、湯乃杜の湯を楽しんでください」

 ルームキーをカウンターに置いた幹本さんは、静かに頭を下げた。
 鍵を受け取った若旦那、一鷹さんはそれを着物の袖にしまうとキャリーケースを持って歩きだした。
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