温泉街を繋ぐ橋の上で涙を流していたら老舗旅館の若旦那に溺愛されました~世を儚むわけあり女と勘違いされた3分間が私の運命を変えた~
 来年も、その先も。
 こうして賢木屋で皆と楽しく笑えたら、どんなに幸せだろう。それが、一鷹さんの横だったら。

 そう考えている時点で、私の気持ちは固まっているんだと気づいた。

「さあ、お客様のお出迎えの準備、頑張りましょう」

 女将のはりきった声に、スタッフは声を揃えて「はい!」と返して笑顔になった。

 それから、慌ただしくお客様をお迎えする時間がすぎた頃。
 フロントに還暦を迎えたくらいのご夫婦がやってきた。
 旦那さんは、フロントそばにある観光パンフレットが並ぶ棚を一つ一つ見ている。

「すみません、今、少しいいかしら?」
「なにかお困りでしょうか?」
「いえね。ここから少し離れたところに武家屋敷があるって聞いたのだけど。パンフレットがあるかなと思って」
「ございますよ」

 フロントから出て、旦那さんが見ている棚へ行き、一つ引き出した。

「どうぞ。こちらに散策ルートが書かれています」
「ありがとう。スマホでも調べたのだけど、やっぱり地図があると安心ね」
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