白衣の下に潜む静かな溺愛 ―命を救う手と音を奏でる指先のあいだで―
「始まったわね。」

俺の隣に、里奈さんと篠田先生が座る。

黒川先生も壁側に立っている。

そしてたくさんのお客さんが入った。

美玖は、いよいよ両手をピアノの鍵盤にかけた。

最初に流れる曲は、ショパン《ノクターン第2番 変ホ長調 Op.9-2》

ああ、美玖のことを知りたくて。

買ったショパンのCDに入っていたあの曲。

何度も聞いた。美玖のことを知りたくて。

手術・苦痛・愛――全てを受け止めた“成熟した美玖”の音。

そして今、病院ホールの柔らかな響きに合う。

続いては、俺が朝倉君のコンサートに行った時、美玖がコミュニティスペースで弾いていたという名曲。

ドビュッシー《月の光》

手術前に弾いた曲を、リハビリを経てもう一度――今度は“生きるために”。
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