白衣の下に潜む静かな溺愛 ―命を救う手と音を奏でる指先のあいだで―
「線を引くか。」

今まで患者との線引きは、上手くしてきたつもりだ。

黒川先生の言う通り、情に流されては冷静な判断はできない。

でも、美玖は違う。

こうして朝出勤しても、一番最初に開くカルテは美玖のものだ。

俺がいない夜中。彼女に何かなかったか、いち早く確かめたくて。

そして俺は、美玖のカルテに「ピアノを弾いている。曲はショパン。機嫌がいいみたいだ。」

その看護師の一文を見て、微笑んだ。

「そう言えば最近、廊下で渡部先生を囲む会は、見なくなりましたね。」

篠田先生が、からかい半分に言ってきた。

「何ですか、それ。」

俺を囲む会?そんなのあったか。

「たくさんいたでしょう。先生の周り囲んで、ドキドキするとか言ってた患者さん達。」

「最近は、廊下じゃなくて病室で個別に見るようにしたんです。」

「あ、じゃあ先生を見て、ドキドキする患者さんはまだいるんだ。」
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