君を守る契約
あの日から俺は休みのたびに彼女の実家のマンションを見にいているが灯りがつくことはなかった。
どこにいるんだ……。
成田の乗務後ブリーフィングルームで資料をまとめていると同僚が声をかけてきた。

「松永機長。奥さん、大丈夫なんですか?」

その言葉に、手が止まった。

「体調不良で休職って聞いてて……それで、退職するって今日聞いたんですけど」

驚いて顔を上げた。

「……退職?」

「かなり急だったみたいだから、そんなに体調悪いのかなってみんな心配してますよ」

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。休職だけでも知らなかった。退職なんて、なおさらだ。

「あぁ、大丈夫だ。迷惑をかけて申し訳ない」

それだけ言うとその場を離れた。ブリーフィングルームを出た瞬間、スマートフォンを取り出す。

【体調、本当に大丈夫なのか】
【退職の話、聞いた】

送信しても、画面は沈黙したまま。
既読も、つかない。

――どこにいる。

気づけばまた琴音の実家があるマンションへ車を走らせていた。
もしかしたら、と思った。
契約を終わらせたいと言っていたとしても、体調を崩しているなら実家に戻っているかもしれない。彼女が行きそうな場所がここしかわからない。それほど俺は彼女のことを何も知らなかったのだと情けない。
マンションの前に車を停め、見上がるが今日も灯りはつかない。
琴音、一体どこにいるんだ……。
会いたい……。
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