君を守る契約

宗介サイド

正直なところ昨日はあまり眠れなかった。
昨日の昼休みに彼女を見かけ、一目散に彼女の隣を陣取った。キョロキョロと席を探す男性の姿が見えたので慌てて座ると彼女は少し驚いたようなそぶりを見せていた。俺と結婚したにも関わらず今日も節約と称する美味しそうな弁当を食べていて、彼女の好感度がさらに上がった。俺は彼女と偶然とはいえ話せたことで気分が高揚し、思わずからかうと彼女は目をまんまるにして驚く姿を見ることができた。
彼女の生活がこの部屋で始まると想像するだけで楽しみという言葉では足りない。ただ、ただ、嬉しかった。
朝、コーヒーの香りのする部屋で「おはよう」から始まり、家に帰れば「おかえり」、夜は「おやすみ」と言葉を交わせる。そう思うだけでなんだか眠れなくなってしまった。そんな自分に驚き、苦笑してしまう。いい歳した大人が、まるで初めて遠足を迎える子供のようだと思った。
何度も時計を見て、何度も荷物の確認をした。彼女がうちで過ごしやすいように、と何度のものを動かしてはああでもない、こうでもないと繰り返していると気がつけば朝日が差し込んでいた。
契約だと彼女には伝えているのに、こんなにも彼女のために準備を整える自分がなんだか滑稽だった。

昨日の約束通り彼女の家のインターホンを鳴らすとすぐに彼女は出てきた。玄関にはいくつもの段ボールや紙袋、スーツケースが準備されており、彼女が前向きなんだと思うと俺の心は弾んだ。早く家に連れて帰りたい、そう俺の気持ちは急いていた。
最後の荷物を運び出し、これで一通りは終わりだな、と思ったところでリビングに置かれた小さな仏壇を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
写真の中で微笑むご両親の写真はまだ若く、こんなにも早く亡くなってしまったのだと改めて思った。そして彼女はどれだけのものを背負って生きてきたのだろうと思うと身の引き締まる思いがした。彼女はこのままここに両親を置いていっていいのだろうか。毎日きちんとお線香やお水をあげているのが目に見えてわかる。俺とこんな結婚をしたばかりに引き裂くような真似をしたくない。気がつけばその思いが口に出ていた。

「一緒に連れていけないか?」

彼女の気持ちを想像すると、この家に残していくのはきっと辛い。そう思って口にした言葉だったが、彼女も本心ではそう感じていたのか、涙を堪えきれずに俯く姿を見て、改めて彼女を守りたいと思った。思わず手を伸ばし、抱きしめてあげたいという衝動にさえ駆られたが今はその時ではない。俺はグッと手を握りしめた。もう琴音に悲しい気持ちになってほしくない、寂しい日々を送ってほしくないと思った。
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