君を守る契約
日常の中に潜む好意と悪意
夜の空港を後にして、それぞれ仕事を終え帰宅したのはすっかり暗くなってからだった。
幸也を送り出してから、たった一日なのに家の中はどこか広く感じる。
リビングの照明が柔らかく灯り、テーブルには私が用意した簡単な夕食が並んでいた。焼き鮭とほうれん草の胡麻和え、そして具沢山な豚汁。
いつも通りの食卓なのに、三人で囲んだあの日の温かさを思い出すと、どこか物足りなさが胸の奥に広がった。
「おかえりなさい。遅くまでお疲れさまでした」
「ただいま。……なんだか、静かだな」
コートを脱いだ宗介さんがリビングを見渡す。
昨日まであった笑い声が、今日はもうない。通常に戻ったはずなのにその静けさが少し寂しい。
「簡単なものしか作れませんでしたけど、食べましょう」
「ありがとう。琴音の味噌汁、久しぶりだな」
ふたりで箸を動かしながら、ぽつりと彼が言った。
「いい弟だったな」
その言葉が、まるで湯気のように心に染みていく。私は箸を止めて、少しだけ笑った。
「はい。自慢の弟です。……本当に、いい子なんです」
「見ればわかるよ。君を大切に思ってるのが伝わった」
そう言って、宗介さんは優しく目を細めた。彼の言葉は温かくて、でもその温もりが胸の奥を締めつけた。家族のような三人の時間が終わってしまったのだと、あらためて実感してしまったから。
食後、ふたりで食器を片づける。普段と変わらない動作のはずなのに、シンクに当たる水の音が、いつもより静かに響いていた。
「じゃあ、今日はもう休もうか」
宗介さんの声に頷き、それぞれの寝室へ向かう。
自分の部屋の扉を閉めた瞬間、ふと胸の奥にぽっかりと穴が開いたような気がした。
ベッドに入ると、シーツが少し冷たい。思わず毛布を胸のあたりまで引き寄せた。
あの夜、同じ部屋で眠った安心感が蘇る。何もなかったのに、確かに感じた穏やかな鼓動。それを思い出すたび、心のどこかが切なく疼いた。
また元に戻っただけ……。
そう自分に言い聞かせながらも、静かな部屋にひとりで横たわると、その静けさがやけに寂しく感じられた。
久しぶりに“自分の部屋”で眠ろうとしたはずなのに胸の奥がざわついて、まったく眠れなかった。
何度も広いベッドの中で何度も寝返りを打ち、枕に顔を埋め、掛け布団を抱えてみても落ち着かない。
(どうしてだろう……)
幸也がいた二日間、私はずっと宗介さんの隣で眠っていた。最初こそ緊張していたはずなのに、眠りについた瞬間、あの部屋の静けさと彼の呼吸が、驚くほどに安心感をくれた。
そのせいだろうか。
ベッドの中の空気が、妙に冷たい。寝室が広すぎて、静かすぎて、落ち着かない。
幸也を送り出してから、たった一日なのに家の中はどこか広く感じる。
リビングの照明が柔らかく灯り、テーブルには私が用意した簡単な夕食が並んでいた。焼き鮭とほうれん草の胡麻和え、そして具沢山な豚汁。
いつも通りの食卓なのに、三人で囲んだあの日の温かさを思い出すと、どこか物足りなさが胸の奥に広がった。
「おかえりなさい。遅くまでお疲れさまでした」
「ただいま。……なんだか、静かだな」
コートを脱いだ宗介さんがリビングを見渡す。
昨日まであった笑い声が、今日はもうない。通常に戻ったはずなのにその静けさが少し寂しい。
「簡単なものしか作れませんでしたけど、食べましょう」
「ありがとう。琴音の味噌汁、久しぶりだな」
ふたりで箸を動かしながら、ぽつりと彼が言った。
「いい弟だったな」
その言葉が、まるで湯気のように心に染みていく。私は箸を止めて、少しだけ笑った。
「はい。自慢の弟です。……本当に、いい子なんです」
「見ればわかるよ。君を大切に思ってるのが伝わった」
そう言って、宗介さんは優しく目を細めた。彼の言葉は温かくて、でもその温もりが胸の奥を締めつけた。家族のような三人の時間が終わってしまったのだと、あらためて実感してしまったから。
食後、ふたりで食器を片づける。普段と変わらない動作のはずなのに、シンクに当たる水の音が、いつもより静かに響いていた。
「じゃあ、今日はもう休もうか」
宗介さんの声に頷き、それぞれの寝室へ向かう。
自分の部屋の扉を閉めた瞬間、ふと胸の奥にぽっかりと穴が開いたような気がした。
ベッドに入ると、シーツが少し冷たい。思わず毛布を胸のあたりまで引き寄せた。
あの夜、同じ部屋で眠った安心感が蘇る。何もなかったのに、確かに感じた穏やかな鼓動。それを思い出すたび、心のどこかが切なく疼いた。
また元に戻っただけ……。
そう自分に言い聞かせながらも、静かな部屋にひとりで横たわると、その静けさがやけに寂しく感じられた。
久しぶりに“自分の部屋”で眠ろうとしたはずなのに胸の奥がざわついて、まったく眠れなかった。
何度も広いベッドの中で何度も寝返りを打ち、枕に顔を埋め、掛け布団を抱えてみても落ち着かない。
(どうしてだろう……)
幸也がいた二日間、私はずっと宗介さんの隣で眠っていた。最初こそ緊張していたはずなのに、眠りについた瞬間、あの部屋の静けさと彼の呼吸が、驚くほどに安心感をくれた。
そのせいだろうか。
ベッドの中の空気が、妙に冷たい。寝室が広すぎて、静かすぎて、落ち着かない。