君を守る契約
その日もいつものようにフライト前の打ち合わせでブリーフィングルームに入るとCAたちと地上職員でざわついていた。
隅でひっそり弁当箱を開けている人を目ざとく見つけた人物がいた。
黒いフライトバッグが置かれた横で静かに広げられた弁当箱。中には彩りよく並んだ野菜やチキンに卵焼き。栄養バランスの取れたお弁当が周囲の目に止まる。
「え……なにあれ……珍しくない?」
「え、機長がお弁当?」
「誰が作ってんの?」
彼のお弁当を食べる姿に周囲がざわめき立つ。
たまたま事務所に入った私の元にもそんな声が耳に入ってきた。
見ないふりをしてモニターのチェックを続けるけれど、耳に入ってしまう。
手作り弁当を食べる乗務員は珍しいくはない。でもそれがあの松永機長なら話は違う。黙々と食べ進める姿に周囲の視線が集まっているのがわかる。そしていい意味でないであろう声がわたしの耳に入り、胸がひやりと凍るような感覚が広がった。
「琴音さん、ちょっと」
振り向くと、同僚が困った顔で手招きした。
「なんか……噂になってるよ?」
「……うん、知ってる」
声が少し震えた。
結婚を隠しているわけではないが、今の関係はいうなれば期間限定の契約。だからこそ周囲にあまり目立つようなことはしたくない。でもそれが彼の弁当作りを止めるのとは別問題。私は多忙な彼に栄養をとってほしいし、彼に望まれる限りは作りたいという気持ちもある。そんな矛盾が胸を締めつける。
「なんだかこれみよがしに機長にお弁当を持たせるなんて束縛が強いよね。こっそり食べる羽目になるなんて可哀想」
そんな声が聞こえてきて、私は宗介さんに迷惑をかけているのではないかという不安でいたたまれなくなり、その場をひっそりと去ろうとドアの方向に足を向けた。すると後ろから宗介さんの声が聞こえてきた。
「その話、俺にも聞かせてもらっていいかな」
低く通る声が、打ち合わせ室に落ちた。会話していた数人の職員が、一斉に姿勢を正す。
「お弁当の件なら俺がして欲しくて作ってもらっている」
「え、いや、その……」
たじろぐ女性職員に、彼は柔らかく笑った。
「ただの“節約”だよ。食生活を整えたくてね」
笑顔を見せ、さらりとまるで何でもないことのように言う彼に周囲は何も返せない。
「もし何か気になることがあったら、俺に聞いて。彼女に迷惑をかけるような言い方はしないでほしい」
静かなのに、凄まじい説得力があった。一瞬でその場の空気が変わったのがわかった。
「は、はい。すみません……」
職員たちは散り散りに離れていった。彼の言葉を聞いて私は胸を押さえたまま、動けなかった。
隅でひっそり弁当箱を開けている人を目ざとく見つけた人物がいた。
黒いフライトバッグが置かれた横で静かに広げられた弁当箱。中には彩りよく並んだ野菜やチキンに卵焼き。栄養バランスの取れたお弁当が周囲の目に止まる。
「え……なにあれ……珍しくない?」
「え、機長がお弁当?」
「誰が作ってんの?」
彼のお弁当を食べる姿に周囲がざわめき立つ。
たまたま事務所に入った私の元にもそんな声が耳に入ってきた。
見ないふりをしてモニターのチェックを続けるけれど、耳に入ってしまう。
手作り弁当を食べる乗務員は珍しいくはない。でもそれがあの松永機長なら話は違う。黙々と食べ進める姿に周囲の視線が集まっているのがわかる。そしていい意味でないであろう声がわたしの耳に入り、胸がひやりと凍るような感覚が広がった。
「琴音さん、ちょっと」
振り向くと、同僚が困った顔で手招きした。
「なんか……噂になってるよ?」
「……うん、知ってる」
声が少し震えた。
結婚を隠しているわけではないが、今の関係はいうなれば期間限定の契約。だからこそ周囲にあまり目立つようなことはしたくない。でもそれが彼の弁当作りを止めるのとは別問題。私は多忙な彼に栄養をとってほしいし、彼に望まれる限りは作りたいという気持ちもある。そんな矛盾が胸を締めつける。
「なんだかこれみよがしに機長にお弁当を持たせるなんて束縛が強いよね。こっそり食べる羽目になるなんて可哀想」
そんな声が聞こえてきて、私は宗介さんに迷惑をかけているのではないかという不安でいたたまれなくなり、その場をひっそりと去ろうとドアの方向に足を向けた。すると後ろから宗介さんの声が聞こえてきた。
「その話、俺にも聞かせてもらっていいかな」
低く通る声が、打ち合わせ室に落ちた。会話していた数人の職員が、一斉に姿勢を正す。
「お弁当の件なら俺がして欲しくて作ってもらっている」
「え、いや、その……」
たじろぐ女性職員に、彼は柔らかく笑った。
「ただの“節約”だよ。食生活を整えたくてね」
笑顔を見せ、さらりとまるで何でもないことのように言う彼に周囲は何も返せない。
「もし何か気になることがあったら、俺に聞いて。彼女に迷惑をかけるような言い方はしないでほしい」
静かなのに、凄まじい説得力があった。一瞬でその場の空気が変わったのがわかった。
「は、はい。すみません……」
職員たちは散り散りに離れていった。彼の言葉を聞いて私は胸を押さえたまま、動けなかった。