君を守る契約
後ろ姿を見送っていると宗介さんの視線がこちらに向いた。そして小さな声で名前を呼ばれる。
「……琴音」
たったそれだけで、背筋が伸びる。でもなぜ職場なのに名前で呼ぶのだろう。
「時間は大丈夫か?」
不意に聞かれ、私は頷いた。
「だ、大丈夫です」
「行こう」
歩き出す宗介さんの横を並んで歩くと、彼の足取りがいつもよりわずかに速い。
「あの……白石くん、悪気はほんとにないんです。昨日のトラブルの件で、ちょっと懐かれてしまって……」
「わかってる。あいつは素直でいい子だ」
ホッとした瞬間、続きが落ちた。
「……ただ」
ゆっくりとした声で。
「君にああやって近づくのは……面白くない」
足が止まりそうになる。
「……えっ」
宗介さんは前を向いたまま、淡々と続けた。
「仕事でもないのに気軽に声をかけてきて、何を考えているんだか」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
私が話しかけられることなんてほとんどない。むしろ今日がレアなくらい。
「わかってる。でも……」
ふっと、視線が横から落ちてきた。
「俺の前でああ近づかれると……良くない」
良くないって……どういう意味?
声にならない問いを抱えたままいると、宗介さんはまるで何でもないように言った。
「だから、なるべく俺の近くにいろ」
心臓が跳ねた。
「は、はい」
「……その方が安心だ」
低く穏やかな声なのに、心の奥がじわっと熱くなる。ブリーフィングルームの扉の前でふと振り返った彼は、ほんの僅かに笑った。
「あと……、琴音」
「はい……?」
「スカーフ、似合ってるよ」
白石くんより、ずっと低く、ずっと静かで。でも何より胸に響く、その一言。私は一瞬で息をのみ、顔が熱くなるのを止められなかった。