君を守る契約
チェックインカウンターの混雑がひと段落した頃、私は端末で翌便のデータを確認しながら立っていた。

「浅川さーん!」

元気な声が後ろから飛んできた。振り返ると白石くんが書類を抱えたまま走ってくる。

「こんにちは」

「こんにちは、白石くん。乗務前?」

「はい! あと10分で集合なんです。でも浅川さん見つけてついこっちにきちゃいました」

へへっと笑う彼の顔は本当に懐っこい。でも彼のぐいっと近づく距離感に少し近すぎる気がして焦る。まるで“同期の仲良し”みたいな距離感で自然に横へ滑り込んでくる。

「最近すっごく寒いですよね。タラップ上がる時なんて手がかじかんじゃって。地上の方も絶対寒いでしょう?」

「うん、まあ、寒いかな……」

近い。
やっぱり距離が近いよ。
私は少し後ろに体をのけぞってしまうが、白石くんは悪気ゼロの犬みたいな笑顔で少しだけ身をかがめて私の顔を覗き込んでくる。

「なんか、安心するんですよね。浅川さんって癒し系っていうか。だからつい見かけると声かけに来たかなっちゃうんですよね」

褒め言葉ではあるけれど、周囲の目が気になる。しかも彼、無意識にパーソナルスペースを壊してくるタイプだ。
でもその時だった。

「おい、白石」

低い声が、すぐ後ろから聞こえた。振り返ると宗介さんがそこに立っていた。制服姿で、胸元のウイングがきらりと光る。
白石くんは「あっ!」と小さく跳ね、慌てて距離をとる。

「松永機長! お疲れさまです!」

「そろそろ集合時間じゃないか?」

ちらりと腕時計を確認すると慌てたように、「はいっ! 今、向かいます!」と言うと白石くんは笑顔のまま軽く頭を下げ、「じゃあ浅川さん、また今度!」と去っていった。

姿が見えなくなると、宗介さんはふう、と短く息を吐いた。

「……白石、相変わらず距離が近いな」

「わ、悪気はないんです。ただ、明るい子なので……」

「悪気があるとは言ってない」

そう言いながらも、宗介さんの声はどこか低く、熱を含んでいるように感じた。

「でも琴音はああいう距離感、慣れてないだろ?」

「えっ」

「君が困ってるのが、遠くからでもわかった」

その一言に、胸が一気に熱くなる。彼は白石くんを責めるわけでもなく、怒るわけでもない。ただ、私の表情だけを見て理解してくれたのだ。

「……困ったら言ってくれ。君が不安になるなら、俺がどうにかする」

「宗介さん……」

視線を合わせた瞬間、息が苦しくなる。

静かで、穏やかで、だけど嫉妬を隠しきれない瞳。

たまに見せるこの感情が、
心の奥を甘くざわつかせた。
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