君を守る契約
キッチンから立ちのぼる味噌汁の香りと、コーヒーの深い香りがふんわり漂ってくる。
目を開けた瞬間、胸の奥がそわそわして落ち着かないのは昨夜のことを、体が全部覚えているからだ。
気づけばいつもより寝過ごしてしまっていた。
慌てて部屋を飛び出し、パーカーの袖を引き上げながらキッチンに向かう。

「ご、ごめんなさい……遅くなりました」

背中越しに声をかけると、宗介さんが振り返り、驚いたように目を見開いた。

「琴音……大丈夫か? 無理してないか?」

その言い方がやけに優しくて、胸の奥が一瞬で熱くなる。
頬が一気に熱くなるのをごまかしながら、シンクに向かった。

「大丈夫です。本当に。もう少し早く起きるつもりだったんですが……」

「昨日……疲れただろ。少しでも寝た方がいい」

「き、昨日は……その……」

言葉が詰まる。宗介さんも一瞬だけ目を逸らし、気まずそうに喉を鳴らした。
お互い“それ”については触れないのに、触れないことで余計に思い出してしまう——そんな空気。
朝食を終え、出勤の準備をしていると、玄関で宗介さんがコート姿のまま立っていた。

「今日は俺、休みだ。……空港まで送ろうか?」

その声は落ち着いているのに、どこか昨夜の続きのように優しい。

「だ、大丈夫です! 電車で行けます」

「……本当に?」

目が合った瞬間、呼吸が止まりそうになる。
そこにあるのは“夫の心配”ではなく、もっと近くて、もっと深い昨夜触れた体温の延長線にあるような、そんな眼差し。

「本当に、大丈夫です。行ってきます」

そう言ってかけ出すように玄関を出たが、背中に刺さる視線がどうしても気になった。
< 85 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop