君を守る契約
医務室のドアが閉まると、外の喧騒が嘘のように遠のいた。空港にある医務室のため簡易的なベッドが置かれ、白いカーテンで仕切られている。医師の座る前に私は椅子に座らされ、白石くんはドアの外で待っていてくれた。

「じゃあ、少しお話聞かせてくださいね」

医務室の医師は穏やかな声でそう言い、血圧計を腕に巻く。

「今朝は食事、摂れました?」

「はい……いつも通り、少なめですが」

「睡眠は?」

一瞬、言葉に詰まる。

「……取れては、います」

嘘ではない。ただ、深く眠れたかと聞かれたら、答えに迷うだけだ。

医師は頷きながら数値を確認し、ペンを走らせる。

「血圧、少し低めですね。脈は問題なし。最近、立ちくらみや吐き気はよくありますか?」

「……ここ数日、朝が少し辛くて」

「疲れが溜まってるのかもしれませんね」

医師は私の顔色をじっと見てから、続ける。

「女性の場合、こういう症状は珍しくないんですよ。脱水や貧血、ストレス。あとはホルモンバランスの影響でも起きやすいですね」

そこで一拍、間があった。

「生理前とか……妊娠初期なんかも、似た症状が出ることがあります」

——妊娠初期。

その言葉が、空気の中でひときわ大きく響いた。医師の放つ言葉は特に意味を持たず、ただの例として言っただろうが私はドキっとした。

「今日は無理せず、水分をしっかり摂って、可能なら少し休んでください」

医師はあくまで事務的にそう言うと診察を終えた。症状が続くようなの病院を受診するように言われるが、私の耳にはもう入ってこなかった。

(……妊娠初期……?)

喉が、ひくりと鳴る。
頭の中に浮かんだのは、もちろんあの日の夜のこと。
確かにいつもなら生理が来てもいい頃なのに来ていない。忙しさに紛れて、数日遅れていることを私は無意識に考えないようにしていたのかもしれない。
胸の奥が、ひやりと冷える。
診察室を出ると白石くんが待っていてくれた。

「浅川さん? 大丈夫そうですか?」

白石くんが心配そうに覗き込んでくる。

「うん……ありがとう。もう平気」

そう答えながら、胸の奥ではずっと別の問いが鳴り続けていた。

もし、もしも本当だったら……?

廊下の窓から差し込む光が、やけに眩しかった。
もし本当なら宗介さんには絶対に言えない。まだ確定じゃないとわかっているのに本能で『そうだ』と感じている自分がいた。これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。私の気持ちは彼にあって、彼は違う。その事実が胸の奥でざわざわと音を立てていた。

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