君を守る契約
そんなある日。空港の廊下で、白石くんに声をかけられた。

「浅川さん、その後体調どうですか?」

一瞬、息が止まる。

「……え?」

「ほら、立ちくらみ。俺もあの後乗務が海外で、気になってたけど会えなかったから」

ちょうど近くにいた宗介さんの視線を痛いほど感じていた。あの時彼は海外にいたから体調不良を隠せていた。病院に行くのも彼のいないときに見つからないように行っていた。
白石くんに悪気はない。彼があの時に助けてくれたくれなければフロアにへたり込んでいただろう。

「あ、うん。もう大丈夫。こちらこそお礼を言えてなくてごめんね」

「元気ならいいんです。あんまり無理しちゃだめですよ〜」

そう言うと彼は手を振り離れていった。その後ろで宗介さんの小さな声が聞こえてきた。

なんだそれ。どう言うこと?俺知らないんだけど。

その言葉が、はっきり胸に落ちた。そして彼を振り返るのが怖くてできなかった。

その夜。久しぶりに夕飯の時間に顔を合わせた宗介さんは、珍しく険しい表情をしていた。

「……今日の昼間のあれ、どういうこと? 俺は知らなかったんだけど」

低い声だった。

「倒れかけて医務室に行ったって白石に聞いたよ」

視線が、真っ直ぐ私に向けられる。

「どうして言わなかった?」

責めているわけじゃない。ただ、白石くんから初めて聞かされる話に困惑しているようだった。そしてどこか機嫌の悪い彼に私の感情の糸がぷつりと切れた。

「……言えませんでした」

声が震える。

「大丈夫だと思ったから。迷惑かけたくなくて……」

「迷惑?」

彼の声が少し強くなる。

「そんなふうに思うな。俺は——」

そこまで聞いたところで、視界が滲んだ。

「これ以上私は宗介さんに迷惑をかけられないんです。私には負い目があるから……」

止めようとしても、涙が溢れる。

「私、ちゃんと考えてます。だから……これ以上、優しくしないで……」

突然泣き出した私に、宗介さんは言葉を失ったまま立ち尽くしている。
妊娠初期特有の不安定さだと、自分でもわかっている。それでも、涙を抑えきれなかった。

——このままじゃ、離れられなくなる。

涙を拭いながら、心の中で静かに決める。

彼のそばを、離れる準備をしよう。この子を守るために。そして、彼の未来を壊さないために。
そう思いながらも、その夜もまた彼の手は私の手を探して静かに絡められた。
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