君を守る契約
翌日からの動きは、驚くほど淡々としていた。

病院で診断書はあっさりと出た。妊娠という言葉は書かれない。初期のため伏せて欲しいというと医師は了承してくれ、
「体調不良により、当面の就労は困難」とだけ記載してくれた。
里美と並んで帰り道を歩きながら、私の赤ちゃんのエコー写真を感慨深く見つめていた。

「かわいいね」

前回受診した時よりも大きくなっていて手足も確認できるほどだった。

「うん。……これでいいんだよね」

「そうだね。琴音には休みが必要じゃない? 考える時間も。仕事に代わりはいてもこの子には琴音しかいない」

里美の現実的な言葉に私は小さく笑った。
そうだ。私には守るべき人がさらに増えたんだ、と手をお腹に当てる。

休職の手続きは、思っていたよりも静かに進んだ。
引き止める声はあったけれど、深く踏み込んでくる人はいない。私はもともと目立つ存在ではない。それが、今はありがたかった。
会社を出るその足で、私は一度だけマンションに戻った。
宗介さんが海外便に出ているタイミングを選んだのは、偶然じゃない。顔を見たら、きっと決意が揺らぐ。
クローゼットから服を抜き取り、持ち込んだ私物を紙袋に放り込んだ。
リビングの隅にある仏壇の前で、足が止まった。

「……ごめんね」

思わず、声が漏れる。ここから離れること。この家を出ること。今から赤ちゃんを内緒で産もうとしていること。両親を心配させることばかりしているような気がして、胸が痛んだ。里美の家に仏壇を置くことはできず、残してあった実家にもどすことに決めた。

「一度、実家に戻すね」

そう呟いて、写真に手を合わせる。
仏壇はそのまま実家へ運び、私は最低限の荷物だけを持って、里美の部屋へ戻った。数日間は、とにかく慌ただしかった。
生活用品を揃え、病院の予定を確認し、仕事用の連絡先を整理して過ごした。
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