ループするメイドは破滅ルートを回避したい!はずが、なぜか宰相様の溺愛ルートに入ってしまいました!?
 * * *


 王宮を目指す馬車の隊列が、ゆったりと石畳を進んでいく。

 その中でアリアとセドリックは、行きと同じく向かい合わせに座っていた。

 最初のうちは今日の視察の話をしていた。飴細工の少年のこと、硬貨の紋章のこと。露店で交わした商人たちの会話や物価の変動、通りすがりに耳にした噂について。

 窓の外を流れる景色を眺めながらぽつぽつと言葉を交わしていくうちに、次第に会話は自然と途切れていった。
 ふと気づくと、セドリックは肘を窓枠に預けたまま目を閉じていた。

(……もしかして、眠ってる?)

 わずかに上下する胸元が、規則正しくゆっくりと動いている。
 呼吸は深く、穏やかだった。

(……あれだけ話を聞いて、指示を出して、現地で状況を整理して……)

 一日中ずっと、誰よりも精力的に動いていた。
 資料も、数字も、人の言葉もすべてを頭に入れて判断して、最善の答えを選び続けていた。

(……そりゃ、疲れるよね)

 馬車の窓から差し込む夕陽が、セドリックの睫毛を金色に染めている。さらりとした艶やかな髪に、高い鼻筋。品があるのにどこか子どもっぽい寝顔。

 その無防備な寝顔は、普段の理知的で隙のない彼からは想像もつかない表情だった。

(……きれい)

 思わず、心の中で呟いていた。

(……こんな顔、私だけが見ているのかな)

 そんなことを思った瞬間、また胸の鼓動が高鳴る。

 馬車の車輪がカタンと小さく揺れて、それに合わせて窓の外の景色がゆっくりと流れていく。
 けれどアリアはそれを忘れるくらい、目の前の人から目が離せなかった。

(……だめだめ、見惚れてる場合じゃないのに……)

 無防備な寝顔に淡く染まった睫毛の影。
 そのひとつひとつに心を持っていかれそうになる自分に気づいて、アリアはそっと視線を外した。

 どこか火照ったような頬を両手で押さえて、ゆっくり深呼吸をひとつ。

 ふと、隣りに置いていた黒い鞄に目をやる。

(そういえば、これ……)

 今日一日、アリアがずっと持っていた視察用の鞄だ。それなりに重くて、途中で何度も持ち替えたのを覚えている。

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