盛りのくまさん
彼は無糖の炭酸水の入ったグラスをまるでお酒でも飲むみたいにゆっくり、ゆっくりと飲んだ。大切そうに。

しぐさが女っぽいってわけじゃない。さりげなく上品。だが、美味しいものは大きな口を開けて食べる。
今日、私が買ってきたふわふわチーズケーキは最寄り駅のとなりの駅のデパ地下にあるケーキ屋さんのもので、彼の大好物だ。
甘党ってわけではなくなんでも食べる。なんでも美味しそうに。無糖の炭酸水でさえ美味しそうに。私にはミネラルウォーターをくれた。三日月の形をした金色のレモンがふうわりと浮かんでいた。

「モテないやつでかまってちゃんっているわよね。だから言うことデカくなんのよ。さびしいやつ」
「ふふ」
彼の話を聞きながらつい笑ってしまう。炒めた豚ひき肉、もやし、ニラ、ニンジン、白菜。くまさんの形に抜いた紅白かまぼこ。
そしてオレンジ色のスープの上でゆっくりと溶けていく黄金のバター。朝、月が消えていくように。麺は太めのちぢれ麺。彼は大盛り、私は普通サイズで野菜多め盛り。ラーメンどんぶりにも中華風のピンクのくまのイラストが縁にあしらってあって可愛い。
「うちはさ、長く勤めているひとがけっこう厳しくて」
「厳しい? やかましいのまちがいでしょ」
「プッ」
「やあねー。そう言う大人にはなりたくないわー」
(バッサリ)
彼はまたひと口炭酸水を飲んだ。私も真似してゆっくり大切そうに飲んでみる。レモンの香気が口から鼻に抜けて、さっきまで泣いていた名残で鼻の中がツンと痛んだ。

ぽおおおおん、とまたひとつチャイムがにぶい音を立てた。
「あら、誰かしら。ちょっと待っててね」
彼がさっと箸をそろえて箸置きに戻し、ティッシュを取ってさっと口を拭き、手鏡でさっと顔をチェックしてから「はぁーい」とやや高めの声で言う。よそゆきの声だ。
「どちら様でしょうか」
「あ、あの」

ドアの向こうから小さな声が聞こえた。彼の背中がなんだか黒い影に包まれた気がした。
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