嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
(あれ? わたし、ヴァルト様の顔、見えてる……?)

 目をそらすことなく、少年が階段を下りてくる。ゆっくりとゆっくりと時間をかけて。

 子どものジークヴァルトはそれでも自分よりも背が高くて、目の前まで来て立ち止まった青い瞳を、リーゼロッテは何もできずにじっと見上げていた。
 足元の小鬼たちから不安げな気配が伝わってくる。それが分かっても、瞳の青に魅入(みい)られて、(まばた)きすらできずにただ息をつめた。

 延ばされた手が髪の中に差し入れられる。引き寄せられるまま、ふたりの距離が近づいた。まるでそうすることが当然のように、ジークヴァルトの唇は躊躇(とまど)いなくリーゼロッテのそれに重ねられた。

 何が起きたのかすら分からなくて、リーゼロッテは胸の花束をぎゅっと抱きしめた。長く何度も(ついば)まれて、舌先がこの唇をなぞってくる。目を見開いたその瞬間、すべてが漆黒に塗りつぶされた。

 小鬼たちの叫びに引きずられ、リーゼロッテもあっという間に恐怖に飲まれていく。襲い来る黒い(けが)れは、肌の上を這い回る虫の群れのようだ。抱えた花を手落として、リーゼロッテは力の限りジークヴァルトを押しやった。

「リーゼロッテ!」

 肩をゆすぶられて、はっと意識が戻る。見下ろす青の瞳が目に飛び込んで、リーゼロッテは大きく息を吸った。

「ジーク、ヴァルトさま……」

 呆然と見やると、視界の高さも元に戻っている。今見ていた景色は、子どものころの記憶なのだと、リーゼロッテはそう気がついた。

「わたくし、ここでヴァルト様と初めてお会いして……」

 あの直後広がった黒モヤに驚いて、火がついたように泣き出した。それを見て慌てたジークフリートが、抱き上げて庭中を歩いてあやしてくれたのだ。

 どうして忘れていたのだろうと思うくらい、急速にあの日の出来事が蘇る。ペンダントを手渡され、守り石を陽にかざしながらご機嫌で部屋に戻った。ジークヴァルトのことなど、すっかり忘れたままで。

 無意識に指で唇をなぞる。初対面でした口づけの感触が、ここにまだ残っているような気がした。

「なんだ、思い出したのか?」

 ふっと笑って、ジークヴァルトはちゅっとキスをひとつ落としてきた。
 不意打ちに、フリーズしていた頭が動き始める。


「わ、わたくしのファーストキスぅう……っ!!」


 絶叫が木霊する。

「……ふぁあすときす?」

 思わず口をついた叫び声に、ジークヴァルトが軽く眉根を寄せた。


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