嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 ベッティに情けをかける人間など、この世には誰ひとりとして存在しない。信じられるのは自分だけだ。今日をやり過ごせたとしても、盗みとだまし合いの日々は延々と続いていく。それがベッティの生きる世界のすべてだった。

 痛む体を引きずって、いよいよカフスボタンを売りに行こうとした時のことだ。道行く雑踏の中で、身なりの良い子供を見つけた。背丈も自分とそう変わらなさそうな少年だ。供の者もつけずにこんな貧民街にやってくるなど、よほどの世間知らずに違いない。

(アイツを狙えばコレを売り払わなくても済む……)

 いいカモを見つけてベッティはよろこんだ。空腹な上、手傷を追った状態でのスリは、普段なら捕まるリスクを伴う。だがあんな子供相手に、ヘマをやらかすこともないだろう。

 人の流れに(まぎ)れて少年とすれ違った。()った革袋の財布は思った以上の重さがあって、含み笑いを懸命にこらえる。その瞬間、ベッティはその手首をきつくねじり上げられた。

「いってぇっ!」
「腕は悪くないようだけど。残念、相手が悪かったね」

 掴む手に容赦なく力を入れると、少年はいつの間にか取り戻した革袋を軽く掲げ持った。

「これは返してもらったから」
「あたいが何したってんだ! いい加減に手を離せ、このクソ野郎っ」

 涙目で睨みつける。琥珀の瞳が見つめ返してきて、その冷たさにベッティは一瞬で(ひる)んでしまった。

「カイ様、自警団に引き渡しますか?」

 どこからともなく現れた男が、少年に耳打ちをする。離れて警護をしていたのだろう。こんな育ちのよさそうな坊ちゃんが、治安の悪い下町で独り歩きをするはずもない。とんだ失態を犯したことを、ベッティは瞬時に悟った。

 この街の自警団の奴らには痛い目にあわされたばかりだ。ベッティは自分の腕を取り戻そうと、必死になって身をよじった。それでも外れない手に恐怖が募る。もう大勢の大人に囲まれて、殴り蹴られるのは御免だった。

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